第17話



 

 森の中、背中をぴたりと木に寄り付けて、周囲を警戒する。


 やけに静かな自然の中で俺は銃の上をスライドさせて、ガチャンと弾を装填した。


 早る鼓動を落ちつかせるために深呼吸をすると、雑草の生えている地面を踏みつける音が微かに聴こえた。


 そして、わざと居場所を教えているのか、パンッと発砲音までもが少し離れた所で響いた。


 まるで誘い出す為に、“私は此処だ”と教えているようだ。


 一歩、また一歩と、確実に俺のいる方へと渚の歩む気配がした。


 緊張で滲む手の中にあるトリガーに指先を引っ掛けて、じっと姿が現れるまで構える。


 しばらく歩いていた足音が突然止むと、発泡音と同時にチュンッと隠れていた木の向かいの枝が弾に当てられて折れた。


 それを合図に俺は木から飛び出して、トリガーを引く。



「…………」



 弾は互いの腕を掠り、俺はまた違う木に身を潜める。


 

「ちっ……」 



 舌打ちが聴こえた気がしたが、気にしてはいられなかった。


 同じことを何度も繰り返し、ゲーム中の銃撃戦は互いに10発以上打ってから勝負が決した。


 もちろん、渚の勝ちだ。


 けれど、良い所まで追い詰めたんじゃないかと思う。 


 この数カ月、容赦ない渚との対戦のおかげで腕が鍛え上げられているのが分かる。


 足を引っ張ることはまだあるが、頼りになる弓弦さんと悠斗さんのお陰で、敵陣にいても自分の意思で動いて活躍出来るくらいにはゲームに慣れた。


 それに、こうやって渚相手のタイマンで十分に戦えてもいるのだ。


 もうそろそろ始まる予選試合にはチームプレイもなんとか仕上がるだろう。



「幸真くんお疲れ。だいぶ渚と競るようになったね」


「ありがとうございます。それなら嬉しいですけど……」



 結弦さんの言葉に頭を掻くと、悠斗さんが不機嫌そうにしている渚に詰め寄っていた。


  

「渚、そろそろ真剣勝負をしてあげても良いんじゃないか?」


「わざわざ居場所を教えていたもんね」


「まだまだだね。それにこれでもちゃんと真剣勝負してあげてるし。余裕があるように見えるなら、それは幸真の問題だよ」



 どうやら遠回しに実力不足を指摘しているようだ。


 実際その通りではあるので何も言い返せない。


 ──それにしても、学生の頃のいじめの代償がこのゲーム内での力の差を見せつけることなら、あまりやり返しには向いてないように思える。


 負けるのは悔しいから、効果がないと言ったら嘘になるが、全然受け入れられる範囲内のことだ。

 

 元々優等生だった渚には、意地悪でも残忍なことはあまり出来ないのかもしれない。


 根が真面目で優しい人だから、普段はそっぽを向いて無視する時はあれど、目を合わさなくてもちゃんと話しを聞いて返してくれるし、ゲームの対戦でことごとく圧勝されるだけで酷い嫌がらせもない。


 チーム『ヴィクトリア』のメンバーはすごく穏やかだ。人をバカにすることも、見下すようなこともいない。


 どうして……、どうしてこんなチームに入れてくれたんだろう。


 【@Apollo】はどうして俺を渚と会わせたんだろう。


 薄っすらとした疑問が頭を過り、胸の奥深くに降り積もっていく。


 中学生の頃に渚をいじめてたって知られて、第一印象は最悪だろうに、どうして俺はこんなに心温かいチームに入れたのか不思議でしかない。


 【Apollo】さんからゲームのことを教えてもらっていた。それだけで繫がりが持てるような人たちじゃない。


 曝け出される自分の醜さに嫌気が指しながらも、俺はこのチームから離れられずにいた。 


 

 ✽     ✽     ✽



 秋に入るとオフシーズンの半ばに開催されている、国内大会が始まろうとしていた。


 世界大会とはあまり関係のないeスポーツ協力催しの大会の為に、世界大会連続出場の『ヴィクトリア』も予選大会から始まる。


 とは言え、二ヶ月先の冬にやる大会なので、まだ余裕はあるのだが……。


 身が引き締まる思いで過ごしていた翌日の正午、それは突然起きた──。



「きゃぁぁ! 結弦、ユズル、ゆづる!!」



 ドタバタと足音を響かせながら叫ぶ渚が、バンッと扉を開いてリビングルームにやって来ると、開口一番で「どうしよう!」と叫んだ。


 その顔は緊迫感があって、瞳には薄っすら涙が溜まっている。


 リビングに集まっていた俺と結弦さん、そして中務さんは顔を合わせて首を傾げた。


 

「一体、どうしたの?」


「どうしよう! 私もう、生きてけない!!」



 そんな言葉に、大袈裟に言っているのは分かっていても、心臓に悪くドキッとした。


 渚は元引き篭もりだ。そう簡単にしないと思うが、自殺行為を考えていても可笑しくはない。


 冗談に聞こえないって、本当に渚はスゴイな……。それで、一体なにがあったんだ?


 渚に向き直った結弦さんが涙目で近寄ってくる渚を宥めた。



「渚、落ち着いて。何があったの?」


「ユーカスのコンサート今日だった! どうしよう、もう電車じゃ間に合ないよ!! 見たかったのに……、どうしよう……!!」


「あぁ、コンサートか……」



 なるほど、と思った。


 日付けを間違えて推しのライブコンサートに行けなかったなんて、絶望的でしかないだろう。


 俺はライブとか行ったことがないが、お気に入りのテレビを見逃したことはあるので、何となく渚が泣きそうになっている気持ちを理解は出来た。


 ──にしたって、本当に大袈裟な反応だと思うが。


 結弦さんと中務さんも同じことを思ったのか、ふぅと溜め息を付いていた。



 

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