第16話
シェアハウスに引っ越してから3カ月が経つと、メンバーの色々な面が見えて来る。
渚は初日から睨みを利かせているが、普段からのんびりした性格で、意地悪なことはゲーム内でしかしてこない。
しかも、男性慣れしているからなのか、直ぐ側まで近づくことは叶わないが、夜にリビングで二人きりでいることは偶にあって、男性に対しての危機感がなさ過ぎると思う。
おかげで、今でも距離感を掴みあぐねている。
驚いたのは、「お風呂は私が最後に入るから」と引っ越し初日の夜に言われたことだ。
普通、女が先なんじゃないのか……?
潔癖症な所がなさそうだと思ったど、食べ物や飲み物の共有もしてるし、少し……いや、かなり吃驚した。
とことんマイペースな渚の性格に、接し方に困っていた俺の様子を見て結弦さんが肩に手を置いた。
「渚はゆっくりだから、急かされるのが嫌なんだよ。ちなみに僕は一番先に入りたいから、悠斗たちと相談して入ってね」
「あ、はい」
渚と弓弦さんはどこか対象的だ。結弦さんの方が潔癖症な所がある。
このシェアハウスでの暮らしは、本当にメンバーの性格が噛み合ってるからこそだと今なら分かる。
じゃなきゃ他人同士だった4人が仲良く一つの家で暮らせるはずもない。
ゲームの活動の方は、一ヶ月の練習期間で新体制の動きを確認した後に、昼間の訓練時間に練習試合をするようになった。
練習試合は各自の課題克服と云う目的と、相手チームとの交流も含まれていて、リモート上とは言え、『IFT』のメンバーと話しをする機会があってからは気さくに話しが出来るようになった。
他にも県外のチームとも練習を重ねて、たった3ヶ月の期間で大勢のゲーマーに会えた。
中には、推している配信者の人にも会えて、はしゃぎたい気持ちを抑えていたつもりが顔に出てしまい、メンバーの皆から揶揄われることもあった。
eスポーツに関わっている人は思ってた以上に多い。元々人と関わるのが好きだった俺にとって、誰かと繋がる度に新鮮さを感じていた。
前の職業である営業職とは全然違う。
eスポーツ選手の人間関係は謂わば仕事であり、プライベートでもあって、すごく楽しいものだった。
もちろん、ゲーマーとしての仕事も面白い。
昼間は練習試合で忙しいものの、夜になると自由行動になって、そこからはゆったりとした時間が流れるので、“仕事”に縛られている感じがしない。
不便な所を強いて言えば、座り放しになることだろう。
同じ姿勢を何時間も維持したままなので、身体が固まってしまい、肩が凝る。
適度な運動の時間をどこかで取らないといけないような不健康な毎日を送っていた。
✽ ✽ ✽
夜の練習を終えるとダイニングには一緒に過ごしている渚や結弦さん。悠斗さんに、現在はトレーナー兼マネージャーとしてチームに貢献している篤人さんが集まって夜食を食べていた。
テーブルを挟んで向かいに座った渚が完食した皿を持ってキッチンへ向かおうとすると、悠斗さんが食べているオレンジ色のに気づいて手元をじっと見つめていた。
「悠斗、それ美味しい?」
「お? おう、美味いぞ。一口食べるか?」
「うん」
悠斗さん(渚もだけど)は良く新作商品を買って来る。それを渚と一口分け合っている様子がこの数ヶ月で何度も見られた。
きっとチャレンジ精神が強いのだろう。
ゲームでも大胆なプレイをする人なので、猪突猛進型で敵陣に堂々と突っ込んでいく渚とは気が合うようだった。
何気なく二人の様子を見ていると、視線を鬱陶しく感じたのか渚が振り向いた。目を細めて低い声で言う。
「視線、うざいんだけど」
ハッと我に返って慌てて目を外らし、俺は小さく「悪い……」と謝る。
気まずさが残ると、悠斗さんがその場の空気を気にせずに話し掛けてくれた。
「なんだ、お前もコレ食べてみたいのか?」
「あ、いや、大丈夫です」
「そう言わずに食べてみろよ! ナポリタン味のケーキ!」
なんでナポリタンをケーキにしたんだ?
そのケーキの存在は発売される前から一応知っていた。お店が近くに出店していることもあるが、SNSで今かなりバズっているからだ。
奇抜なアイデアはすごいと思うが、誰も買わないだろうと思ってたのだが、まさかこんなに身近で買う人がいるとは……。
本当に悠斗さんはチャレンジャーだな、と感心する。
「それ、美味しいんですか……」
「俺はイケる!」
「うっ……私、これムリ……。試さなくて良かった」
渚も買おうとしてたのか……。
「渚は苦手なのか」
「これ、普通にアウトだよ。口直ししたい。ミルクティー飲も」
そう言ってキッチンに行く渚を見送って、俺は残りを食べはじめた。
「幸真はあまり甘い物食べないよな」
「まぁ。でも普通に食べたい時は食べてますよ」
「なら今度、洋菓子の店行かね?」
「良いですけど」
「よしっ、なら来週楽しみにしとけな」
「むぅ。悠斗! わたしは!?」
「渚は茉莉花と行くんだろ?」
「あ、なんだ。同じ所行くんだ」
「おうよ。気になって調べてたらめちゃくちゃ美味しそうだった」
「それは分かる」
悠斗さんと渚の会話はいつも楽しそうで、二人が言うなら良い雰囲気の店なんだろうなと密かに楽しみに思った。
───それから夏が終わって季節は巡り、秋になる頃にはシェアハウスでの暮らしにも慣れた。
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