第15話 幸真Side
渚との対戦が終わった後、俺は今後のことについて中務さんから話しを聞いていた。
「共同生活での注意点はこのくらいかな。ここまでで質問はある?」
「大丈夫です」
「うん。試合の注意点は、まだ何ヶ月か先の話だから、また近くなったら教えるね。取り敢えず、今は環境になれるのが先かな」
「はい」
話しは進んで行くと、何枚かの書類が目の前に並べられた。
その中の一枚に契約書もあり、コレから本当にチーム入りするんだと実感が持てた。
嬉しく思うと同時に、本当にこれでいいのかとも思う。
あんなに拒絶していた渚だ。チームに必要な戦力とは言え、歓迎しているわけじゃないのはこの場にいない時点でハッキリしている。
「…………」
複雑な思いを抱えながら黙々と紙にサインしていると、表情に出ていたのか、中務さんの隣りに座っていた弓弦さんが微笑んだ。
「渚のことはあまり気にしなくて良いよ。今は距離を保つほうが渚の為になる」
「はい」
「それに、実力があるのは本当だよ。渚が目に留める人はなかなかいない」
そう言って貰えると嬉しい。渚がすごいのは再会してからネームが一緒なことで知った。
世界ランクに入る日本人プレーヤーは本当に少ない。しかも上位を死守し続けるのも毎日の努力があってこそだと思う。
そんな渚が、知らなかったとは言え、プレイを褒めてくれたのは嬉しい。
「お前もある意味災難だな。学生の頃にいじめた奴とこれから同じチームとして一緒に暮らすなんてさ! お前は反省してるから超気まずいだろ」
「まぁ、自分がしでかして来たことなので、気まずいのはしょうがないと思ってます。……でも、本当に渚はここでルームシェアしてるんですね」
「渚を一人にするとは色々とやばいからね」
「食事をせずにぶっ倒れるタイプだからな。親からすれば心配だよなぁ」
──それで、男女でもルームシェアが成り立っているのか。ここいる人たちは信頼されているのだろう。
普通は男女が一緒に暮らすなんて、間違いが起きそうなものだけど、それがないのはゲームのことしか頭にないからだろうか。
「渚に手ぇ出すなよ、なんて、不要だよな?」
「手を出した瞬間に、俺は露頭に迷うことになりますからね」
今は働いてない。たった二ヶ月で上級者の【@Apollo】さんに泊を付けられて、プロ入りまで出来たのは本当に幸運としか思えない。
せっかくの機会だ。逃したくないし、それに、今は恋愛をする気はない。
そもそも、渚との関係も良くなることはあっても、仲が良いようにはならないと思うから、手は出せないだろう。
「せいぜい楽しんで」
結弦さんの言葉に相槌を打つと、サインを終えた手を止めて紙を中務さんの方に寄せた。
「お願いします」
「はぁい」
書類を見て不備がないことを中務さんは確認すると、「うん。ありがとう」と言ってパソコンに打ち込んでいた。
しばらくして、中務さんがメガネを押し上げる。
「はい、これで以上です。部屋は既に片付いているので、明日からも入居出来ますがどうされますか?」
「まだ支度が終わってないので、明後日からでお願いします」
「分かりました。では明後日にスタッフの二人が車で迎えにあがりますので、準備して待ってて下さい」
「はい。ありがとうございます」
引っ越し作業が終わってないのは、この前の件でプロ入りは諦めていたからだ。
渚に嫌われている以上、このチームには呼ばれないと思ったし、敵チームにいれば渚に目を付けられてチームに迷惑を掛けると思った。
それがまさか、「渚と対戦してほしい」と言われるなんて思ってもみなかったな……。
「来れで【@Apollo】さんの弟子が二人も揃ったな」
いつの間にかゲームをしていた悠斗さんが、こっちが終わるタイミングを見計らっていたのか、視線は画面に向けたまま声を上げた。
その話に篤人さんがずっと気になっていたのだろう、心配ごとを口にする。
「今回の件で戦力差が開いたとなると、周りから何か言われそうだけど……、大丈夫なのか?」
そんな心配ごとに対して、中務さんと結弦さんは乾いた声で笑う。
「それは、事情を説明して分かってもらうしかないね」
「こればっかりはね。【@Apollo】さんのお願いを断るわけにはいかないし。それに、世界を目指してることを伝えれば納得するでしょう」
『ヴィクトリア』の面々の話しに、ふと気になったことを聞く。
「渚も、【@Apollo】さんに教えて貰っていたんですか?」
「そうだよ。だから渚にとって【Apollo】さんは、お父さんみたいなものでね。真似てる人には結構厳格なんだよ」
「なので、渚さんが認めたと言うことは、幸真くんはちゃんと自分の実力になってるってことです」
「お前、自惚れて良いと思うぞ」
「自身持てよ」
そうだったのか……。
自惚れるのは出来そうにないけど、因果なのかな。
俺はもしかしたら渚が辿った同じ道を通っているのかもしれない。
この再会は案外、必然的なもので、渚に何か返せるものがあるのかもしれないと思えた。
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