第12話
聞きたくなかった。
誰かを気遣うことを覚えた佐藤の心境なんて……。
「──また、いじめられるかも」
「確かに、ないとは言い切れないよな」
「それに感情を押し殺すなんて、もうしたくないもん」
「そんなことしなくて良いよ。感情を殺すなんてしなくて良い。分かってるから、今日は目一杯復讐を楽しめ」
篤人の言葉はどれも私に優しくて、潤んだ瞳から涙が溢れてしまいそうだった。
そんな顔を見られたくなくて俯くと、目元を手で隠す。
安心している自分がいた。
佐藤が現れても味方出いてくれる人がちゃんといることに、結弦が前に言った言葉は嘘じゃないって、篤人が教えてた。
多分、これからする佐藤との試合がどんな結果でも、みんなは私を放って置かないのだろう。
「……今日の篤人、怖いこと言ってる」
「ブッ!」
私のツッコミに、見守っていた悠斗が吹き出した。
笑い話にしたかった。
誰かを憎む話は昏いもので終わらせてはイケナイ気がしたから。
悠斗の吹き出した笑みに私も微笑んで篤人の手を取る。
「ありがとう。篤人」
「渚が元気になれたら良かったよ」
「うん! これで佐藤を思う存分キル出来るよ」
頷いた私に、悠斗は「やっぱり分かってねぇよ」とボソボソ呟いていたが、聞こえなかった振りをして無視をした。
✽ ✽ ✽
しばらくすると結弦が帰って来た。私を見て「来たよ」と言う。
頷くと結弦は少し安心したように目元を和ませた。
そして、中務さんに連れられて入って来た佐藤は申し訳ないと言っているような顔つきで入って来た。
私からすると弱々しい演技をしているようでイラッとする。
やっぱり佐藤が変わったとしても、この“憎しみ”は枯れそうにない。
「それじゃこの席に座って、いつもと違うから慣れないかもしれないけど、勝とうとしなくていいからね」
「あ……、はい」
「渚はもうしばらくウォーミングアップでもしてて」
「分かった……」
そう答えて見せるけど、マウスを持った手の異常に気付いて舌打ちをこぼしたくなる。
……手が震えてる。怖いから?
──そんなことない。
興奮してるんだ、許せないから。
ムカついて、イライラして、一発殴りたい衝動に駆られてる。こんなにも理性が働いてる瞬間なんてない気がする。
震えた手を一度マウスから離して目を閉じた。
深呼吸をしてどうにか平常心を保とうと心を鎮ませる。
マウスを手に持つと、ゲームを起動させた。
コントローラに持ち替えて個人練習用として建てられている場所で初期動作をしながら手の震えを馴染ませていた。
震える手は無理に止めようとしなくて良いと、始めての大会で結弦が教えてくれた。
ゲームを楽しむことに心を没頭させれば震えは自然と止まるからと。
人それぞれ緊張感の和ませ方は違うだろうけど、初めての私に取っては結弦が言ったことが全てで、落ち着いた澄んだような優しさい声音で囁やかれると、心から大会の空気を楽しめるようになった。
うん、大丈夫。私は戦える。
どんなに憎くてもこのゲームでは佐藤と戦える。
初期動作から大きな動作に変えて行くと、銃の命中率は上がっていき、佐藤と対決することが楽しみになって来る。
その間、中務さんが篤人のPCでゲームを起動をさせて、佐藤を部屋の隅に置かれていた椅子に座らせていた。
「気持ちが落ち着いたら教えて、配線をつなげるから」
「分かりました」
私と佐藤のカチャカチャと動かす音が淡々と響く。
中務さんはいつものモニター席に座って、その後ろに結弦と悠斗、篤人が集まって様子を見守っていた。
いつもととは違う異様な光景に、動揺が広がりつつも画面の中の自信のエージェントはスムーズに動く。
一応、今日までの数日間で佐藤を倒すためのシミュレーションしてみたけれど、上手くいく手応えがない。
佐藤は『Apollo@』と関係があると言っていた。現在の師弟関係だと。
つまり、私の弟弟子と言うわけだ。
そうなると試合中の動きは、攻撃も防御の思考パターンも『Apollo@』から教えてもらったとなると、かなり手強いだろうことは想像に容易い。
言わば自信を敵にしているようなものなのだから対策をしたくても、動きについていけるか不安要素がある。
そもそも師匠に勝てたことが一度もないのだ。かなり苦戦するかも知れないと嫌な想像ばかりする。
結局、『Apollo@』の動きを思い出して、細かくパターン化して。相手の動きを予測するのが一番良いかもしれないと結論づけた。
あとは、ゲーマーたちが囁いている“『NAGISA』攻略法”のチャットなんかも別のアカウントで覗いだりして対策をした。
複雑な気持ちがあったけど、ゲーマーたちが情報を集めて作られた攻略法は「なるほど」と関心する所もあって、客観性のある『NAGISA』説明書には面白いと思った。
あれには発見があったな。これからも頑張って私を観察してもらいよ。
思い出していると、佐藤の声に現実に戻された。
「あの、もう大丈夫です」
「そうですか。渚も良い?」
「いつでも」
「では、開始しますね」
配信が繋がると佐藤の加入試合は直ぐに始まった。
ゲーム内容は普通の試合と何も変わらない。一人で相手のリスポーン水晶を破壊するもしくは、制限時間まで続ける。
それを3回繰り返して、私は佐藤を仲間にするか決める。
正直、この試合に公平さがあるのか甚だ疑問の残る加入試験だけど、私の気持ちを優先させてもらってる身なので指摘はしない。
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