2Kill

第11話

午後の練習試合が終わった夜に私はトレーニングルームのゲーミングチェアに座って待っていた。


 今日は佐藤と対決する日だ。


 お陰で朝からドロドロした感情が胃の中で沸々と煮込まれていて、胸焼けがしそうだった。


 練習試合の時もいつもより動きがぎこちなくて、全く集中なんて出来なかったし、散々である。


 新しい環境で今までやって来て、過去の出来事を塗り潰して来たのに、やっぱりいじめてきた本人に出会うと駄目だったようだ。


 どんなに塗り潰しても、一度出来た傷は誤魔化せないし、隠せもしない。


 過去のいじめられたことへの苛立ちと、いつまでも環境に恵まれていることの妬ましさ。


 それに、ゲーマーとしての勝負では絶対に負けたくないと言う気持ちが熱を帯びて私の心を揺さぶって来る。


 形容し難い思いが、塗り潰したと思っていた思い出を剥がしていって、憎しみを露わにする。



「渚、緊張してる?」



 話し掛けて来たのは、後ろの会議で使うテーブル席に座っていた悠斗だった。


 その言葉に胸のもやもやを感じる。緊張と言うべきなのかは分からないけど、歯ぎしりしそうなくらい溢れ出しそうな思いを堪えているのだ。


 口を開いたら何を言ってしまうか分からないのが怖くて黙り込むと、何を勘違いしたのか、悠斗が回転椅子を滑らせてぶつけて来た。



「大丈夫だって! 渚は無意識に動けるくらい情け皆無のプレイスタイルが染み付いてるんだからよ!」



 励ましているのかよく分からない悠斗に、私は深呼吸をする。



「……情けをかけてる人もいるもん」


「そうだな。俺らと顔馴染みの奴にはそうかもなぁ」



 その他大勢にだって情けは掛けてる。別に冷徹さを持ち合わせてる分けじゃない。


 これでもちゃんと茉莉亜からは優しいと言ってくれているし、アマチュアの人たちには好評なのだ。


 ただムカつくプレーヤーにはそれ相応の報いを与えているだけで。……それがやり過ぎかどうかは良く分からないけど。

  

 向こうから仕掛けて来たんだから、どんな対応を取っても私の勝手だと思ってる。



「まぁ、今日は目一杯暴れると良いよ」



 悠斗の隣りにいた篤人が立ち上がって私の頭を撫でて来た。


 その感触にどこか落ち着く感じがして、されるがままに髪をくしゃくしゃにする手を放置する。



「加入試験として伝えてあるんだっけか? 負けても良いなんて言われても普通は勝ちに来るんだろうなぁ」


「そうだな。──でも、渚の気持ちが晴れないことには意味がないからな。多少容赦なくても中務さんと結弦は何も言わないだろ」



 その会話で佐藤には加入試験と伝えてあることを初めて知った。


 なら、向こうはそれなりに本気で来るのかもしれない。そんな佐藤を負かせたらきっと気持ち良いだろうな。 



「篤人、煽ってどうする」


「何がだ?」


「いや、何でもねぇよ……」



 悠斗はやり過ぎないように注意したいのだろう。


 過去に一人、私に挑んで惨敗したゲーマーが『GGK』から去ったことをファンのコメントで知ったことがある。


 そのゲーマーがあれからどうしてるかなんて興味はないが、ゲームが好きだからゲーマーをやっているのであれば違うシューティングゲームで続けているだろう。


 負けてゲームを辞める気持ちであれば、私が負かさなくても、いつかはきっと辞めていたのだから気にすることはないと思っている。


 でも、それを気にしてる当たり、悠斗は佐藤のことを気に入ったのかもしれない。


  

「……二人は佐藤のことどう思ってるの?」



 ずっと気になってても、しなかった質問をする。


 答えなんて分かりきっているから、愚問なことかもしれないが、今日の加入試験は私が過去を気にせずに受け入れてあげてれば、しなくて済んだ問題だ。


 二人の時間を奪ってる罪悪感は多少あって、聞かずにはいられなくなった。


 私の質問に二人は息を詰める。


 けれど、隠す必要はないと思ったのか、本音を教えてくれた。



「……俺は正直、渚が恨む理由を理解してても、気に入ってる」



 ぎゅっと掌を握りしめる。


 やっぱり、佐藤なんて嫌いだ。

 


「この前の初対面でね、佐藤くん言ったんだよ」



 篤人は最初にそう言うと、未だに私の頭に手を置きながら話を続けた。



「『渚が苦しんでいる以上、俺はここにはいられません』」


「…………」


「『今の俺は、居場所があることの大切さを知ってるので』──って」



 私は耳を疑った。でも、それと同時に納得もした。


 だから悠斗は、佐藤を受け入れたのかもしれない。


  

「……そんなこと言っても、今更でしょ」


「そうだよな、本当に今更だよ。いじめた本人がどんなに反省しても渚が受けたは傷が消えるわけじゃない」



 胸が疼いた気がしてグッと全身に力を入れた。


 開いた口から出かけた言葉を呑み込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る