第9話

コンコンと、ドアをノックする音に目が覚めた。


 どうやらいつの間にか寝てたらしい。


 灯りの点けてない部屋は真っ暗で、今が何時か検討もつかなかった。

 


「渚? 寝てるの?」



 この声は弓弦だ。


 優しくて穏やかな、いつだって落ちつかせてくれる声。



「……寝てた。なに?」


「幸真くんには一度帰ってもらったよ。あと、個人的な事情も聞いた」


「そうなんだ。──ねぇ、新しい人、アマチュアの人にしようよ」


「……それなんだけどね。やっぱり、僕としては幸真さんを向かえ入れたいんだ」


「──え?」



 なんで……?



「過去のことを許せないのは分かる。いじめて来た奴が突然目の前に現れたら誰だって許せないと思う」


「ならどうして……!?」


「学生の頃はそうだったかもしれない。けど、今は違うでしょ?

 渚は強くなったよ。けど幸真くんは今、逆に弱くなったんだ。昔の渚と同じなんだよ」


「同じなわけない……! あんな奴と一緒にしないで!!

 アイツには取り巻きが大勢いるの。私とは違う! 私は一人だった。一人にさせられた!」


「でも、今は僕たちがいる」


「アイツだって誰かしらいるんだから、わざわざ仲間にしなくたっていいじゃん!」


「渚……」


「恵まれてるんだから放っとけば良いんだよ!

 弓弦は私の味方でいて、私にはここしか居場所がないの……!!」

 

「渚、僕たちはいつだって味方だよ。

 でも……、渚は幸真くんを恵まれていると言ったけど、今は一人なんだ。会社やプライベートで色々あって、取り巻きとかそんなのいないんだよ」


「だからなんなの! アイツなんかちょっと痛い目みたって人生どうにでもなるよ!」


 

 アイツは昔からなんで何でも人並みに出来て、運動神経は周りから一目置かれるほどで。


 いつだって先生からも、他の生徒からも信頼されて囲まれて生きて来た。



「アイツは根っからの陽キャで、私みたいな陰キャとは出来が違うんだよ。それに一人なったなら自業自得だ! 因果応報だよ! 私と同じ底辺に落ちて来たら良い!」


  

 そうすれば少しくらい許してやっても良い。


 泥まみれになって、周りからバカにされれば良いんだ。


 ヒステリックに荒んだ気持ちをぶつけると、弓弦はそれ以上何も言わなかった。


 それでも、良い子じゃなくても、弓弦は私を放って置くことはしない。


 大声を出して上がった息が落ちて来た頃に、打って変わって私を夕食に誘って来る。


 

「……取り敢えず、部屋から出ておいで。あまり暗い所にいるのは良くないから」


「…………」


「お昼抜いてお腹減ってるでしょ。夕食の準備出来てるよ」



 すると、タイミング良くぐるるるぅとお腹が鳴った。


 …………確かにお腹減った……。


 空腹以外に、ずっと寝てて頭が痛いし、寝違えたみたいで首も痛い。



「……ほんとにアイツいない?」


「いないよ」



 なら、大丈夫だろう。


 危険はない。ここは私を受け入れてくれる人しかいない。


 起き上がってドアを開けると、真っ暗な部屋から電気のついている廊下へと出た。


 それだけで、さっきまでの自分がどんなに鬱々としていたかが分かる。


 上目遣いで弓弦を見つめると、目が合った弓弦は私の頭をゆっくりと撫でて微笑む。



「渚を放っておきなんかしないよ」


「……うん」



 無意識の内に過去の出来事からのストレスが溜まっていたらしい。


 自分の気持ちをコントロール出来ずに、弓弦にものすごく甘えた思いを剥き出しにして、投げつけていたことに罪悪があった。



 「……当たってごめんね」



 さっきはどうにも出来ない佐藤への憤りや不安を、八つ当たり気味にぶつけていた。


 全く良くない傾向に陥っている。それだけはちゃんと自覚した。



「大丈夫だよ。けど、また後でちゃんと話そう」 

 

「うん」



 次、佐藤について話す時は、感情的にならないようにしようと、心に決めた。


 それから話しを変えようとして夕食の話について触れる。


 

「──今日のご飯なに?」


「親子丼。卵は半熟だよ」


「卵とろとろ! 早くキッチン行こう!」


「はいはい」



 負い目がなくなると笑顔とはいかないけれど、いつも調子で弓弦を急かした。


 リビングには悠斗と篤人、それに中務さんの姿もあって、数時間前に何もなかったのようにお喋りをしながら、サラダと一緒に盛り付けられた親子丼を頬張った。

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