第8話
俯く佐藤に畳み掛けるようにトゲのある言葉を吐く。
「──謝って許されるなんて良く思えるね」
その瞬間、ピキッっとガラスに亀裂が入ったかのような音がどこからか聞こえた気がした。
私の一言に流石に仲間のみんなも溜まり込み、中務さんは険悪な態度をとる私に戸惑っていた。まさか、連れて来た子と因縁があるとは思ってもみなかったのだろう。
佐藤は相変わらず、気まずい表情を浮かべて立ち尽くしている。
「私、部屋で休んでる。中務さん、コイツは仲間になんて入れないで……」
同じチームで、同じ家で暮すなんて、何が起こるか分からない。
クラスメイトみたいに、全員が敵に回るようなことにはもうならないと思うが、佐藤幸真は陽キャで、人付き合いは良い。
居場所なんて直ぐに確立出来るような存在なのだ。
取り敢えず、これ以上話すことなんてないだろうと思って、部屋に行こうとする。
出口は中務さんと、佐藤が塞いでいる所にしかないので、仕方なく二人の横を通り過ぎようとした。
近付く私にビクッと肩を跳ねさせて、怯えたように息を殺す佐藤が、私が視線を合わせず通り過ぎると背後のドアの存在に気づいたようで、それから何を思ったのかいきなり手を掴まれた。
「み、泉希……!」
「──!? 離して……!」
「おれは、あの時……」
「なに、謝ったくらいで許されるなんて本気で思ってるの?」
「それは……」
「ふざけないで!! 私はずっと苦しかった。あんたのせいで学校に通えなくなって、今まで沢山の時間を無駄にした!
生きてるのも苦しかった! 何度も死にたくなって、その度にお父さんとお母さんの為に生きてきたの!!」
一度口に出すと、言葉は止まらなかった。
掴まれてる所が痛いわけじゃないのに、沸々と溢れてくる感情が涙腺を破壊してしまったようで、流したくもない涙がどんどん目端から流れていく。
「あんたに分からないでしょ? いじめられて来た人の気持ちが! いちいち考える必要なんかないもんね!?」
私を見つめたまま黙る幸真に、またイラッとした。
「一度、二度、誤ったくらいで許さるなんて思わないでよ。
本気で謝るつもりがあるなら、私の居場所を奪わないでよ!!」
「う、ばうつもりなんて……」
「ないって? でも、あんたは中学生の時に奪ったよね!?
それを、どう信じろって言うの!?」
一体何を信じろっていうの。
友達だったわけじゃない。ただのクラスメイトだった人がいきなり地獄に突き落として来たんだ。
警戒して何が悪い。
憎んで何が悪い。
「離して!!」
もう一度叫ぶと、今度はスッと私の手を掴んでいた冷たい手を佐藤は下ろした。
解放された手を見て、軽く開いていた手の平をぎゅっと握り締める。
「……本当にムカつく」
それだけ言って背を向けた。もう、絡んでくるつもりはないようだ。
大きく息を吐いてから歩き出すと、今度は後ろから中務さんが私の名前を呼ぶ声が耳に入った。
「渚さん……!」
「──私は認めないから」
振り返らずに呟いて。でも、縋るような。助けを求める一心で振り返った。
「ねぇ、中務さん。一度謝られたら、許さないといけないの?」
「そ、れは……」
「……私、今日は部屋に篭もる…………」
それだけ言って急ぎ足で部屋に入ると、枕を引き寄せて顔を埋める。
なんでもう一度会うことになるんだろう。
上京して来て、もう二度と合わないと思ってたのに……。
でも、おかしなことではなかったのか。都会の暮らしの方が似合うようなヤツだ。
(いつ帰ってくれるかな……)
早くいなくなって欲しい。
顔を合わせたくなんてないから。
アイツの口から「ごめん」なんて言葉を聞きたくないから。
枕を抱いたまま倒れる。
きっと中務さんと弓弦は前の私を知ってるからチームには入れないと思うけど……。
「あんなのと組むなら初めての人の方がマシだよ」
そしたら、私が育ても良い。
取り敢えず人数合わせでいてくれればそれで良い。
その方が全然良い。
生まれつき、誰かと直ぐに仲良くなれるような明るい奴の心配なんてしなくても、他のチームに渡せば、十分プロゲーマーとしてやっていけるだろう。
配信だって、あの外見があれば女子が群がるはずだし。
「プロにいること自体気に食わないけど、そんなの私には関係ない……」
寧ろ敵として思う存分、ゲームでキル出来る。
あの頃とは違う、私が絶望を見させてやるんだ──。
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