第5話

✽     ✽    ✽

 


 月が変わると篤人が『ヴィクトリア』から除名されてトレーナーになり、その2日後に私たちはリビングに集まめられていた。


 今日は新メンバーの顔合わせの日で、駐車場に着いたらしい“彼”を迎えに中務さんが外に出行っている。


 戻って来るまで時間を持て余すことになった私たちは暇つぶしに会話をしていたが、私はしばらくして携帯で音楽ゲームを開いた。


 とは言え、隣りの悠斗がちょっかいを出して来て、全然集中なんて出来ない。


 

「おぉ、今のすげぇな」


「話しけるな」



 声を低くして不機嫌そうな声音で返すと、構って欲しいのかイタズラがもっと酷くなる。

 


「失敗しろー!」



 耳元近くで叫ばれてイラッとした私は手元に力が入る。


 お陰で一つ外してしまって、コンボの回数がまた1からになってしまった。



「……これ終わったら悠斗殴る」


「ブハハハッ!!」



 面白がる隣りの悠斗の足を私は踏みつけようと伸ばすが、「させるかよ」と言って避ける悠斗。


 その態度にやっと曲が終わった私は携帯をテーブルに置いてドスドスと肩にパンチしていた。



「いてっ」


「フルコンボの恨み!」



 ゆっくり握り締めた拳を悠斗との頬に当てると、悠斗は「グハッ!」とわざとらしく倒れた。


 そんなおふざけに反対の側に座っていた篤人が巻き込まれて、悠斗の肩を掴んでホールドする。


 

「ふざけんな。よし渚、もっとやれ」


「お前もふざけてるじゃねぇか!!」


「フフッ。悠斗、覚悟ー!」



 チャンバラごっこが本格化して来ても、弓弦は止めようとはせず、笑ってその様子を見守っていた。


 チャンバラを楽しんでいると、ドアが開かれた音がして直ぐに「この部屋だよ」と言う中務さんの声が響く。



「来たみたいだね」


「おっ!? バッカ、座れ座れ!」


「もとから座ってるよ!」


「姿勢正すんだよ!」


「いや、お前が一番服装乱れてっぞ」


「篤人のせいだろ!?」



 そんな口喧嘩にガラッとリビングの扉が開かれる。


 中務さんの横顔が見えると、連れてきた新入りに「こっちに来て」と言う。


 すると、「はい」と返事する若い男性の声が聞こえた。


  硬い声音からは緊張しているのが伝わる。



「お待たせ。紹介するね、こちら佐藤幸真くん。前職では営業部をやってたらしいよ〜」



 そう紹介されて中務さんの後ろから入って来たのは、同い年くらいの男性だった。


 カジュアルな服装は大人ぽさがあり、なかなかのイケメンである──。


 ……そう、だからコイツはモテていた。


 私はやって来た男を見て身体を強張らせた。



「────な、んで……」



 中務さんの横で緊張した面持ちで立つ佐藤幸真を見て、反射的に学生時代のことを思い出していた。


 どうしてコイツがここにいるの──。


 そんな疑問と胸の奥を熱くさせる感情が熱を持った嵐のように吹き荒れる。



「渚さん?」


「どうかしたの?」



 中務さんと弓弦の声がぼやけて聞こえた。


 なんでコイツがここにいる──?



「どうしたんだよ、渚」


「知り合いか?」



 固まった私に違和感を感じた篤人が聞いてくる。


 その言葉に佐藤幸真は私をじっと見つめてきた。その視線にゾワッと鳥肌が立つ。


 やっぱり間違いない!


 ──佐藤幸真。私はこの名前を一度も忘れたことはない。


 忌むべき、相手! 倒すべき、敵!!

   

 自制が効かずに睨むように目を細めると、向こうも私のことを思い出したようだ。

 

  

「──え……、もしかして……、泉希渚……?」



 ゾッと寒気が背中に走った。


 冷や汗が流れる感触がする。

 


「だったらなに? まさか、名前を覚えてるなんてね! そんなにいじめ足りなかった?」


 

 過去の私は怯えていたけれど、もうそんな相手の気持ちを気にするようなことはなかった。


 佐藤に見られてても全く怖くはない。むしろ、禍々しく、荒々しい憎悪の感情が溢れて、沸々とマグマのように煮えたぎっている。


 私の嫌味に佐藤はハッとして顔色を青くした。

 

 

「ち……ちがっ!」


「ちがう? なら出てってよ! 二度と目の前に現れないで!」


「……ごめん。……ごめん、泉希」



 まるで今にでも泣きそうな表情に苛立ちが溜まって行く。


 謝るくらいならで行って欲しい。じゃないとこの気持ちは収まらない。 


 沸々とマグマのように煮えたぎる敵意に理性が失われそうだった。


  

「──出てって……」



 そう口が勝手に動く。


 昂る気持ちが抑えきれなくて、私は佐藤幸真を睨んでいた。



「聞こえない!? 早く、今すぐに出ってよ……!!」



 声を荒らげるとビクッと佐藤幸真の肩が跳ねた。


 強張る顔を見ても嫌悪感は納まらず、むしろ苛立ちは増すばかりだ。


 隣りにいた中務さんは私の豹変ぶりに狼狽していた。


 

「えーと、渚さん……?」


「中務さん、コイツを入れるつもり?」


「え? えぇ、まぁ。そのつもりで連れて来たのですが……」



 コイツが仲間?


 ──絶対に認めない。


 この男が、こんな奴が私の領域テリトリーに入ってくるなんて絶対に認めないんだから……!


 威嚇している私の様子に、いち早く状況を理解したのは弓弦だった。



 「あぁー……。渚? 通ってた中学校どこだっけ?」



 頭を抱えながら聞いてくる弓弦は、ほとんど私と佐藤幸真の関係性を悟っているようだ。


 

 「逢西中」


 「なるほど。……まさか幸真くんと同じクラスだった?」


 「そうだよ。しかも、私をいじめて来た張本人。誰かを地獄に突き落とすようなこんな奴、チームに入れる価値なんてないよ」



 私の過去はここに居るみんなが知っている。


 そもそも、私がこのベースにやって来ることになったのは、弓弦たちからのスカウト話しが切っ掛けだった。

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