第37話
―――
これは僕にとって訃報と言うのだろうか。朗報なのだろうか。
余命いくばくもないと聞いていたし、もう十年は会っていないから何だか実感が湧かないんだ。
ましてや危篤状態で、息子たちに会いたいと言う連絡もなかったし。
つまり、父さんの方もそれを望んでいなかったわけだ。
突然の不幸の報せに、僕は通話を切ったあと呆然と手を下げたまま、ただじっと床の一点を見つめていたそうだ。
やっと……
やっと解放された。
あの“呪縛”とも呼べる、あの人から―――
もう、僕を苦しめるあの人はこの世のどこにも居ない。
最初に思ったことがこれだ。そう思うと笑いさえ浮かんできそうだったが、それを何とか堪える。
息子として…いや、人間としてどうかと思うが……奏太だってそう思ったに違いない。
「あなた―――……どうしたの?何があったの……?」おずおずとそう妻にそう聞かれて、僕はいつのも作り笑顔を浮かべただろうか。或いは父の訃報を知って形だけでも悲しんでいる、と言う風に捉えられただろうか。
「あなた―――…」
妻はまるで小さな子供をあやすかのように僕の肩を抱きしめて、僕の頭を抱き寄せ、
「あなた―――……
泣きそうな顔をしてるわ」
そう言われたとき、僕は自分がどんな顔をしているのか鏡で見たくなったが、でもそうしなかった。嬉しいのか、悲しいのか。
怖かったのだ。自分のむき出しの感情を目の当たりにするのが。
鏡の中に映る僕の顔は
どんな顏をしていたのだろう。
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