第36話


妻とのセックスは決して動物的とも情熱的とは言えないが、それはとても穏やかで優しいものでもある。その優しい部分は急激にせり上がる欲求とは違い、徐々に徐々に穏やかに昇ってくる感じでそれはそれで結構好きだった。



明かりを点けたままの部屋で妻のつま先がシーツの上を滑り、僕は彼女の手に自分の手を絡めた。二年も夫婦をしているからか、大した言葉を交わすわけではない。けれど繋いだ指先から彼女の“愛”を感じた。



口付けの合間に甘い吐息を漏らしながら、妻の手が僕のワイシャツの襟元に這う。



彼女の顎先に口付けを落とすと、彼女の白い喉が僅かにのけぞった。



そのときだった。



TRRRR…



スーツに入れっぱなしになっていたスマホが遠くで鳴り、妻がわずかにはだけたブラウスの前を合わせながら起き上がる。



「あなた、電話よ…」



「うん。いいよ。どうせ大したことない。放っておこう」



僕はその電話の呼び出し音を無視して妻に再び口付けを落とす。穏やかな欲求が上昇しているところだった。



「…でも、ずっと鳴ってるわ。緊急だったら…」



と妻の意識は僕よりも電話に向かっていた。



僕は小さく吐息をつき、彼女の上から起き上がると、のろのろとした足取りで鳴り続けるスマホをスーツのポケットから取り出した。



一旦注意が逸れると、次に集中できるまで時間が掛かるんだ。



それは夜の営みだけではなくすべてのことに対して。ヴァイオリンの練習中のときもそうだった。



それでよく父から叱られたものだ。



誰だよ、こんな夜更けに。



イライラした面持ちでスマホ画面を見ると、





“奏太”だった。





奏太―――……?





電話がかかってくるのは至極珍しいことで。



それもついさっき、何も知らない同僚とあいつの話をしていたばかりだから、



何だか変な感じだった。





それでも予感はした。



嫌な予感―――が……




「はい。もしもし?どうした?」








『響?悪いな夜遅くに。



親父が―――死んだ』









奏太は機械的に言ってるつもりなのだろう。でもその声に僅かながらビブラートが掛かっていた。







父さんが―――……死んだ……



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