第30話



―――TRRRR…



まるで回想を…想いを断ち切るように、僕のスマホが鳴った。



スマホを取り出すとディスプレイには妻の名前が表示されていた。



「ちょっと失礼」



僕は断りを入れて、席を立ち上がると同僚たちからまたもはやし立てる声が…



「何だよ、嫁さんか~♪あなた、早く帰ってきて~とかじゃねぇの?」



僕は苦笑いを浮かべながらスマホを手に、店の外に出た。



『もしもし、響?どこに居るのよ』



開口一番不機嫌そうな妻の声を聞いて僕は思わず苦笑い。



“早く帰ってきて~”なんて可愛い台詞を期待していたわけじゃないケド、いきなり不機嫌そうな声を聞くと思わず身構えてしまう。



タバコを取り出してライターで火を付けながら



「ごめん、今同僚たちと飲みにきてるんだ。ついさっき決まって」



『もぉ、それなら連絡の一つでも入れてよ』



妻はぷりぷりと怒ったが、本気で不機嫌ではなさそうだ。



「ごめん。帰りに何か買っていくから?プリンとかどう?」



『ホント?コンビニでこの秋限定のマロン味のプリンが出てるの。それ買ってきてくれたら許してあげる♪』



案の定、妻の声はすぐに弾んだ。僕の小さな宥め言葉で元気になる妻は



可愛い。



「栗味のプリンね。了解」



『栗じゃなくて、マロンよ』



どう違いがあるのか分からなかったが、



「分かったよ」



それだけ伝えて僕は通話を切った。それでもまだタバコは三分の一ほどしか灰になっていない。



あの場に戻っても…きっとKANATAと花音の話で盛り上がっているだろう。



何だか帰りづらくて、僕は無駄に時間をかけてタバコを吸った。



空を見上げるとからりとした初秋の夜空が広がっていた。雲ひとつ浮かんでいない夜空。月の輝きが煌々と東京の街を照らし出している。



今夜はフルムーン。




美しい円を描くその輝きに目を奪われた。



ざわざわ、と胸の奥で何かがくすぶる。




これを嫌な予感と言うのなら―――このとき抱いた気持ちは




的中したと言う事になる。





この夜、





あの恐ろしい事件はゆっくりとはじまりを見せていたのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る