第26話


僕の父、紫藤 晋は世界的に有名な指揮者だ。



世界一と言っていいほどに、その実力は世界中のあちこちで評価させている。



彼がタクトを振ったその瞬間、オーケストラの奏者はもちろんのこと、観客も一瞬何かに惹き寄せられるように彼の姿に釘付けになる。



偉大なるマエストロ。



もっともその名が世界中に轟いたのは数年前までで、この二三年で彼の名を聞かなくなった。



前述した通り、病に伏しているらしいとのこと。



実の息子であるのに、その辺のことを知らない。知りたいとも思わない。



あの人がどこで何をしようが、どうなろうが僕には関係ない。



ただ



『喪服そろそろ用意しておくべきか?俺、あったかな』と、つい半年ほど前に奏太から電話を受け取り、そっけない物言いで言われたとき、



『喪服はあるけど、たとえあの人が死んでも僕は式に出ないつもりだから』



と冷たく返した。



『出ろよ。最後の最期だ?あいつの遺影見て笑ってやろうぜ



“地獄に堕ちろ”ってな』



奏太はまるで他人事のように笑った。ブラック過ぎるジョークだが、僕たちはジョークと取ってない。



本気で「それもいいかも」と思った。




人は僕のことを冷たいと蔑むだろうか。



人間として情がないと言うだろうか。





そうかもしれないな。






僕は紫藤の名を捨てたときから、あの人に対するあらゆる感情も捨てた。



嬉しいこと、悲しいこと―――父親への尊敬の念





全部、全部―――





後に残ったのは憎しみと、虚しい程の脱力感だ。



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