第11話
最後の煙を吐き出しながら大きくため息をついて、思わずハンドルにうな垂れる。気が抜けた。
死体の死亡推定時刻は偽装した。ついでに言うと不審点も消し去ったつもりだ。長い間病に臥せっていたから、不審死扱いもなく解剖されることもないだろう。そうなったらほぼ完全犯罪を遂げられる。
万が一疑念が浮かんでも、完全なる密室ではないがほぼそれに近いこともできた。女にもアリバイを作らせた―――
今は屋敷から女の弾くどこか物悲しくも哀愁を漂わせたメロディが風に乗って耳に届いてきている。
大丈夫、これであの男が“毒死”したなんて誰も思わない筈…
『毒死』と言うワードが出てきたところで、はっとなった。
しまった!使われた毒物の証拠を消すことを失念していた。
記憶のどこにも使用した毒物の瓶なり袋なりは無かったように思える。あの女が持ち去ったのだろうか―――
いや、あの女も気が動転していた。毒を持ち帰る余裕なんてなかったんじゃないか……
だとしたら毒はまだ―――…
マズい。
彼女は慌ててタバコを消すと車から出た。先ほどと同じ要領で中庭を通り過ぎ、貴賓室の扉から中に入ったところで、初老の紳士風情の男と鉢合わせた。
「どうして――――……」
男は目を開いて彼女を見つめた。
何か……何か言わなきゃ…
考えてもすぐに何か口に出来ず、ただただ呆けて突っ立ったまま。彼女の額に嫌な汗が浮かんだ。だがやがて
「大変です!」
二階の廊下を丸い体型の白衣を羽織った…どうやら医師が転がり降りてきて
「旦那様が!」
と医師の方が真っ青になって手を小刻みに震わせている。
「どうしたんですか」と紳士が聞き
「旦那様が……遂に息を引き取られました」
医師の弱々しい声が彼女を後押しするかのように響き、彼女は誰にも知られないようにひっそりと笑った。
大丈夫、多少の狂いがあったものの
私たちの計画はうまくいっているのだ。
そう実感できた。
毒の回収は後から幾らでもできるだろう。動揺を装い駆けつけ涙する。ここに来た理由なら幾らでも後付できる。例えば死んだ老人のことが心配になって…虫の知らせのようなものを感じたとか。
次に自分のすべき行動を頭に叩きつけ、彼女は心の中で小さく笑った。
これで永遠にさよならだね、
お父さん。
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