第10話
老人の部屋で一仕事して、来た道を戻る際も幸いにも家人の誰とも鉢合わせることはなかった。
元々この家には朽ちかけた老人と、その世話をする女……と、住み込みの家政婦と、老人の専属医師が一人の計4人しか居ないのだ。四人でこの屋敷に住むのはあまりにも広い。逆に寂しさが増すような気がした。
履いてきたパンプスを改めて履き直し慎重な足取りで庭を横切る際、外へと繋がる細い通路はピンクの花を咲かせた木々の枝が伸びていて、コンクリートに濃い影を作っていた。木々を避けようと身を後退させたがその節に葉に触れた。彼女は鬱陶しそうにそれを払い、気が急いていたせいか足取りを速めた。
屋敷の裏手に停めた車まで戻ってきたときは、どっと疲れが出た。この後、一旦山の麓の街でビジネスホテルでも宿泊しよう。老人の訃報はきっと今日中に自分の元に届くであろうから、明日ホテルから駆けつければいい。
一仕事して汗をかいた。早くシャワーを浴び、冷たいビールで喉を潤したい。そんなことを思いながらシートにズルズルと背を預けて、思わず持ってきた手紙があることにすぐに気付いた。彼女はその手紙を開くと、そこには意外なことが書かれていた。
誰かに殺されるかもしれない、と言うことは綴られていない。また誰かからの脅迫文でもない。そこに自分が犯してきた様々な罪が吐露してあった。老眼だって入っているだろう老人の字はしかし乱れがなく便箋一枚分びっしりと細かな字が這っていた。
「何なの、これ」無性に腹立しくなって、手紙をぐしゃりと握り、持ってきたタバコを一本口に含む。
長時間の緊張状態が続いていた、極限状態だったと言ってもいい。タバコはやけにうまかった。
半分ほど吸ったところで、彼女はタバコの先に先ほど男が
白い紙に赤い炎が移り、紙はたちまち燃え上がり黒い煤と化ける。
半分ほど手紙を灰にしたところで、彼女はその燃え残った手紙の欠片を車内の灰皿に投げ捨てた。
これでもう大丈夫…
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