第9話


いや、完全な密室とは程遠い。けれどこれで充分だ。女のヴァイオリンを屋敷中に居る人間に聞かせて、心理的に女が自室に居ることを印象付けることが大事なのだ。前述した通り、この屋敷に居る人間はオーディオの音と生の音を聞き分けられないだろう。それを利用して女にアリバイを作らせる。



最後に乱れたベッドのシーツを直して、次に医師が見回りにくる時間帯までにこの部屋からこっそり出ていけばいい。医師の見回りまで女にはヴァイオリンを弾いてもらう。



計画は完璧だった。



だがしかし、心配が払拭されずありとあらゆる可能性を考えて、やがてダイイングメッセージ……らしからぬ物があるのかどうかが気になった。パッと見そのようなものは見られなかったが、あの男のことだから



“誰かに殺されるかもしれない”と言うような内容が書かれた日記を持っていても不思議じゃない。もし“それ”が見つかったなら面倒だ。



彼女はもう一度ぐるりと室内を見渡し、ベッド脇のナイトテーブル、そして壁に沿って置いてある数々のチェストの引き出しを開け、クローゼットの中を覗いたときに発見した。



想像した日記形式ではなかったが、まるで“遺書”のように折りたたまれたそっけない様式の封筒と紙。



危ない危ない。彼女はその手紙をぎゅっと握り、今度こそ廊下の方をそっと窺いながら慎重な足取りで部屋から出た。



隣から彼女が指示した女のヴァイオリンのメロディが流れてくる。



その音色はどこか物悲しいものを語っていた。



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