第33話


「どちらに?」



柏木さんが俺を見上げてきた。心配そうに眉根を寄せている。



「経理部。ちょっと話してくる。柏木さんは心配しないで。俺がなんとかするから」



「あ、あたしも……」と言って緑川が席を立った。



「いい。キミはそこに居て」



お前に来られると余計話がこじれるんだよ!



「では私も伺います」



驚いたことに、柏木さんも席を立ち上がった。



「え……でも…」



「一人より二人の方がいいと思います」



柏木さんは濁りのないまっすぐな目で俺を見てきた。



意志の強そうな光を湛えた瞳に、ちょっと安心すら覚える。





そんなわけで二人揃って経理部のフロアに行ったものの



やはりそう簡単にはいかなかった。



経理部のフロアは外資が入っているフロアと同じ広さだったが、こちらは一部署しか入っていない為、パーテンションで細かく仕切っていない。



経理1課、2課、3課とデスクの群ができていて、賢そうな社員たちがいそいそと仕事に励んでいる。



8階フロアとはまた別の雰囲気だ。




「無理です。売掛金残高確認表は再発行できません。あなたも会社の決まりを良くご存知の筈でしょう?」



50過ぎの経理部長はやせぎすで、見るからに神経質そうだ。どこか村木に似ている。



真面目で融通が利かない。



俺のちょっとした冗談も通じなさそうだ。



毎日毎日数字ばかりを追っていると自然こうなるのかな。



「無理は承知でお願いしてるんです。今後気をつけますので、次月の請求で何とか合わせていただけないでしょうか」



俺は深々と頭を下げたが、



「それもできませんね」



とぴしゃりとまるで遮断されるかの物言いで言われた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る