第73話

「じゃあ、別にわざわざ私に頼まなくても……」



武巳だって、貴重な休日なんだからもっと違うことに時間を使いたいはずなのに。



そう思っての言葉だったのだが、



「……俺がカットモデル頼まなかったら、美紅は他の美容師にカットしてもらうつもりなんだろ?」



返ってきた言葉にはどうしてだか棘があるように感じた。



「えっ? 武巳がカットしてくれるなら、私はお金払ってでもしてもらいたいと思ってるよ?」



武巳の美容師になりたいという夢を聞いた時からずっと、それが叶った暁には美紅は武巳を永久指名するつもりでいる。



そう思って言ったのに、



「……少し前に、美紅と同じ檸檬高の制服着た女の子が、俺を指名してくれたんだけど」



武巳は美紅の言葉には返さず、話題を少しずらした。



まだ見習いの彼は、普段はシャンプーかカットモデルへの施術しか許されていないので、



「シャンプーしてる時に、美紅のこと聞いたんだ」



その女子高生には、シャンプーのみを担当したようだ。



「美紅って最近、彼氏出来たの?」



こちらをうかがうようにして武巳に顔を覗き込まれ、



「え……」



美紅は固まった。



何故、同じ高校の生徒がわざわざ武巳に校内の噂話をする必要があるのか。



「校内で一番のイケメンと付き合ってるって、本当?」



よりにもよって、武巳の耳に入るなんて。



「噂が勝手に広まってるだけで、本当じゃない」



美紅は慌てて首を横に振った。

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