第68話

『話があるから、今からそっちに行く』



右京は川上にその一言だけを送信し、スマホの画面を閉じてズボンのポケットにねじ込んだ。



どうせ川上からの返事なんて、見なくても分かるから。



自分の本来降りるべき駅を通り過ぎて、幾本もの路線が入り交じる主要駅で別路線の電車に乗り換えて、川上の待つ家へと向かった。



『川上』の表札が提げられている一軒家の玄関の前で、『着いた』とだけメッセージを送ると、すぐに玄関扉が開いて、川上が勢いよく飛び出してくる。



「会いたかったぁ! 中入って!」



右京の右手を両手で掴んで、ぐいぐいと引っ張る川上に、



「今日は話をしに来ただけだから、部屋には行かない」



右京はなるべく平静を装ってそう告げた。



「ご近所の目があるから、そういう意味でも上がって欲しいんだけど」



確かにごもっともなことを言われ、右京は渋々玄関に上がる。



川上は履いていたサンダルを脱いで右京の手を引くが、右京は靴も脱がずにその場で留まろうと踏ん張った。



「川上。こんな関係を続けていても、お互いに虚しくなるだけだ。もう会うのはやめにしよう」



「どうして? 私は大好きな右京くんと一緒に過ごせて、虚しいなんて思ったことないよ?」



川上は相変わらず右京の腕をぐいぐいと引く。



「……本気で好きな子が出来たんだ」



初めてはっきりと言葉に出してみて、右京の胸が切なく締め付けられた。

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