第58話
ホームで電車を待つ束の間の時間。
不意に右京が、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
「今日みたいな無理をしないように、何かあった時のために連絡先を交換しておかないか?」
そう訊ねる右京の表情は、クールな彼にしては珍しく、酷く緊張しているように見えた。
「え……」
そもそも、一緒に登下校をしなければならない理由がないのだから、それ自体をやめればいいだけの話なのだが……
「……嫌か?」
悲しそうに問いかけてくる右京を、美紅は何故だか突き放すことが出来ず、
「……いえ」
鞄の中から自分のスマホを取り出した。
一緒に登下校をして、右京に助けられたり守られたりしたことが何度もあるのは事実。
ここで断るのは、右京に対してとても失礼な気がした。
だから、右京と連絡先を交換することに対して他に理由なんてない……はず。
右京がいつもとは違う表情を見せたせいか、美紅までが何だかそわそわと落ち着かない。
メッセージアプリの互いのIDを登録し合い、美紅は右京のアカウントを確認する。
そこに表示されている名前は、案の定というか何というか。
やはり、『右京』としか登録されておらず。
「ここまで徹底するくらい、名前知られたくないんですか?」
「さぁな」
そう言ってとぼける右京は、心なしか機嫌が良さそうに見えた。
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