第54話

右京がバスルームで美紅を想いながら溜息をついていたその頃――



「美紅ちゃん、気分どう? ご飯は食べられる?」



美紅は早退後、本当に具合が悪くなり、帰宅して熱を測ってみると、38度まで上がっていた。



発熱を自覚した途端に辛くなり、美紅は母が起こしにやってくるこの時間まで、ずっとベッドで寝て過ごしていた。



「食欲ない……」



辛いので、低くうめくように答える。



「お父さんがね、美紅ちゃんのためにオニオングラタンスープ作ってくれたんだけど……」



「!」



母の言葉を最後まで聞く前に、美紅は布団を跳ねけて上体を起こした。



間宮家では、風邪をひいた時はお粥ではなく父特製のオニオングラタンスープが作られる。



オニオングラタンスープと言っても、よくあるオーブンで表面を焼かれたものではない。



玉ねぎを飴色になるまで炒めて煮詰めて作ったスープの中に、カリカリにトーストした食パンを1口サイズにカットして入れ、その上からピザ用チーズをかけて更にじっくりコトコトと煮詰める。



食パンはスープを吸ってドロドロになってチーズと混ざり合い、正直なところ見た目は全然美味しそうではない。



しかし、これが食べてみるとすんごい美味で。



病気になった時だけではなく、普段の食卓にもよく並ぶ、間宮家ではなくてはならない定番メニューだ。



なかなか手間と時間がかかるそのスープを、仕事から帰った父が美紅のためにわざわざ作ってくれたのだ。

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