第49話

「……」



右京が黙って睨む先に立っているのは、今日も学校で見かけた男。



美紅のクラスの担任である市川 唯、その人である。



ここは市川家の家族が住む一軒家の住宅で、右京と六歳年下の妹を含む4人で暮らしている。



右京はあの市川の実の息子であり、『市川 右京』というのが、美紅の知りたがっていた彼の本名である。



学校中の人間が右京を名前で呼ぶのは、彼が市川の息子であると知った上でのこと。



以前、教頭が廊下を歩く右京を“市川!”と呼んだところ、右京はこれを完全スルーし、偶然近くを歩いていた父親の方が慌ててすっ飛んでくるというややこしい事故が起きて以来、教師たちは息子の方は“右京”と呼ぶことにしている。



割と有名な笑い話であるが、右京のことに全く興味のなかった美紅がそんな話を知るはずもなく。



何も知らない美紅が初めて右京のことを呼んだ時、“右京先輩”と呼ばれたことが嬉しすぎて、ずっとその呼び方をしていて欲しいと思うようになり、“右京”が下の名前であることを隠し続けていたのだ。



きっと苗字が市川だと知れば、真面目な性格の美紅のことだから“市川先輩”と呼ばれるようになることは目に見えているから。

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