第36話

多分、何を聞いてもはぐらかされる。



そう思った美紅は、答えてもらえればラッキーかな、くらいの軽い気持ちでついでの質問をぶつけてみる。



「さっき、榎本先輩が右京先輩のことを“いち”って呼びかけてましたけど……もしかして、先輩の下の名前って“イチロー”とかだったりします?」



“いち”の話題を振った瞬間、右京は一瞬だけピクッと反応したが、



「……ん? あー……うん、そうそう。そうだな」



表面上は肯定しているが、どうにもこうにも嘘くさい。



「……なんで嘘つくんですか」



「やっと俺のことに興味持ってくれたのか?」



美紅の質問に質問で答えた右京は美紅を振り返り、嬉しそうにニヤリと笑う。



「美紅が俺のことを知りたいって素直に頼んでくれれば、俺の本名を教えてやってもいいぞ」



同じ高校に通っている限り、彼の本名を知る手段など数え切れない程沢山ある。



一番手っ取り早いのは、生徒たちが制服の胸ポケットに付けているフルネームが刻印された名札だが。



右京は何故か、いつも名札を外している。



彼の持ち物に書かれている名前をこっそりと盗み見たこともあるが、ふざけているのか『右京』としか書かれていなかった。

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