第16話

分かっている。



彼はここで働いている美容師で、相手はただの商売客だということくらい。



それでも、美形の彼が愛想笑いを浮かべただけで、その場にいる女性たち皆が彼に見惚れてしまうから。



それを見ているのが辛くて、美紅はぎゅっと強く目をつむったまま、大人しく武巳に髪を拭いてもらっていた。



ドライヤーで髪を乾かしてもらっている時、彼の手が優しく美紅に触れる度にドキッとする。



けれども、彼は“仕事”をしているだけで、それ以外にそこに感情など何もない。



こうして彼に優しく触れられるのは美紅だけではなく、彼のお客さんならば誰でもしてもらえる。



彼にとって――美紅も、沢山いるお客さんの中の一人でしかないのだから。



「うん。美紅はやっぱり可愛いなぁ」



ドライヤーを終えて、最後に軽くセットしてくれた武巳が、鏡の中の美紅に向かって優しく微笑んだ。



「一度でいいから、美紅のことフルメイクさせてみたい」



好奇心で輝く眼差しを向けてくる武巳から、



「変に目立つことしたくないから、絶対やだ」



美紅はツンと素っ気なく顔を背けた。



(そんな気がないなら、簡単に可愛いとか言わないで欲しいのに)



そうは思うけれど、この脳天気な武巳にそんなことが分かるはずもない。



(はぁ……)



美紅は心の中だけで、盛大に溜息をついた。

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