第15話

(そんなの……とっくにいるよ、バカ)



美紅は悲しくなってきて、でもそれは伝えてはいけないと思うと虚しくなってきて、膝に掛けられたブランケットの端をぎゅっと握り締めた。



「練習付き合ってくれてるお礼に、トリートメントもサービスしとくね」



「……ありがと」



髪が綺麗になったところで、見せたい相手なんて武巳しかいないのに。



武巳にバレないように気を付けながら、美紅は小さく溜息をついた。



と、そこへ、



「松野君、そんな可愛い子相手に練習なんかしてんの!?」



今入店してきたばかりの若い女性客が、武巳に向かって仲良さげに話しかけてきた。



「何なに、もしかして彼女!?」



「違いますよ。まぁ……妹みたいなものです」



幼なじみで再従兄弟だという説明が面倒だったのか、武巳は笑顔でそんな説明をする。



「……っ」



美紅が、その一言でどれだけ傷付けられているのかなんて全く知らずに。



「なぁんだ、そっかぁ。ねぇ! 松野君がスタイリストデビューしたら、一番最初のお客さんは私にしてね!」



そう言って、美紅の隣のシャンプー台に案内された女性は、武巳を見つめる。



その目は、恋する乙女そのもので。



「あれ。本田ほんださんの担当って店長なのに、俺に浮気しちゃっていいんすか?」



その視線に気付いているのかいないのか、武巳は愛想良く女性に笑いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る