第39話 頼りになる存在

 なんだ……この包帯男は……。


 俺が転生者であることも知っている。

 そして、2代目とも言っていた。


「お前の望み通り、俺様がなんとかお前を決勝まで上げてやる。だが、絶対にジャック・ストロングを殺すな。いいか?」


 男の冷たい声には冷たい恐怖が含まれている。


 冷酷で残酷、とはまさにこのことを言うのかもしれない。

 仲間であるルミナスでさえ、怯えて変な声を出した。まあ、それが面白くてしかたなかったわけだが、こっちもこっちで怖いので、大声で笑うわけにはいかない。


「はい」


「戦いが終わったらすぐに、俺様がストロングを殺す。拷問にかけ、じわじわと殺していくのが楽しみだ……」


「それは素晴らしい考えです」


「お前──俺様の機嫌を取ろうとするな。次お世辞でも呟いたら、お前の舌を引っこ抜く」


 ルミナスの顔はここからだと見えないが、恐怖に顔が真っ青になっているだろう。


 こんな状況なのに、その顔が見たいと思った。

 そんな悪いやつの下につくから、こうなるんだろ。


 で、俺はあの包帯男に殺される?


「ジャックくん、逃げようよ」


 リリーが超絶小さな声で言う。

 恐怖に震えているのもわかった。それはハローちゃんも、そして俺も同じではあるが。


 俺が会話を聞きたがったがために、このふたりが危険にさらされるなんてことがあるのはだめだ。


 つい目の前のことしか見えなくなって、ふたりに気を配ることができなかった。

 ずっと逃げたかっただろうに。


 全部、俺のせいだ。


「ああ、音を立てないように」


 ここで日頃の訓練の成果が出た。


 忍び足の技術は、アクロバットの授業で習得させられる。

 ほぼ音を出さずに、細くて狭い道を通りきった。


 あとは走ってこの場を去りたい。


 で、そう、そのあとは一目散に走った。

 目的地はあのユピテル英才学園。

 先生たち──誰でもいいが、できれば学園長に伝えないといけない。


 ルミナスとあの包帯男は、トーナメントを悪夢に変えようと計画している。


 楽しみにはしていたベストウォーリアートーナメントだったが、中止にして厳重な警戒態勢を敷くしかない。

 あの男の強さまではわからなかったが、ルミナスがあれほどまでにペコペコしてるってことは、それなりに強いからだろう。


 ルミナス……やっぱり最悪なやつだ。


「おーーーい、君、ジャックくんだよね?」


 え?


 劇場のところまで来ていた。

 

 前で笑顔とともに手を振ってきているのは、生徒会長のリード・サンダー。

 正直、この声が聞けてほっとした。


 自分でもびっくりだ。


 頼りにならなそうだと思っているくせに、なんだか生徒会長がいるという肩書きだけで安心している。

 やっぱり、肩書きってすごいんだ。


「いやー、まさかジャックくんが来てるなんて思わなかったよー。来てるなら言ってくれればよかったのにー。もう友達みたいなものだと思っていいからさー」


 気軽な流れ。

 生徒会長の顔にも声にも、お花がひらひら舞っている。要するに、ふわふわしてる。


 今ふと思ったが、会長って可愛い系男子だ。

 癒し系も混じっている。すごい。


 緊迫した状況にいるときほど、気づけていなかったことに気づけたりするんだな。


「会長、さっき大変なものを見てしまって──」


 俺たちは3人で役割分担しながら、手短にさっきの包帯男とルミナスの会話を説明した。


 別にふたりから追われているわけでもなかった。

 俺たちに気づいたとも、追ってくるとも思わない。


 だが、本能が、安心安全な学園に戻れと言っている。

 少なくとも、そこには頼りになる先生がたくさんいる。


 俺は十分強いはずだ。

 スキル『適応』の使い手ともなれば、怖いものなんてない。


 なのに、今、自分が殺されるかもしれない、と恐怖を感じている。

 また死ぬなんて嫌だ。その辛さを知っているからこそ、本当に死が怖い。


 会長は俺たちの説明を聞いて表情を変えた。


「それは大変だ。私は君の言ったことをすべて信じるつもりだよ。さあ、一緒に学園に戻ろう」


 ……。


 やっぱりわからない。生徒会長リード・サンダーという人間が。



 ***



「タイフーン先生!」


 学園の門番はたまたまタイフーン先生だった。

 この休日を狙って学園に侵入しようとする者を取り締まるため、今日は先生たちが交代で門番をしている。


 たまたまタイフーン先生という、ものわかりがよさそうな先生でよかった。

 それに、転生者のことも知ってるし。


 会長に話したときと同じように、あのことを説明する。

 ただし、今回はより具体的に、だ。


「転生者ってなんだい?」


 会長が聞く。


「ねね、あたしもそれ、気になってた」


「あとで説明するから」


 転生者のことを知らない会長とハローちゃんにはわかりにくい話かもしれない。

 だが、この話で1番怖いところのひとつに、転生者の存在を知っていた、というのがある以上、省くわけにはいかなかった。


 タイフーン先生は真剣に聞いてくれている。


 一切遮ることなく、最後まで聞き通した。


「……まさか……」


 タイフーン先生が動揺するのは珍しい。

 言葉が出なくなるのも珍しい。いつもは風のようにすらすらと話す。


「……ボクの方から学園長にも伝えておこう。でも……どんなことがあろうと、この学園の伝統行事であるベストウォーリアートーナメントは……強行されるだろうね……すまない……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る