第38話 差し迫る闇

 リリーに俺の好意を伝えようとしたそのとき、ずっと悩んでいた理由の種が現れた。


 これだ。

 ていうか、ハローちゃんだ。


 俺はずっと、リリーとハローちゃんで迷っていたのか? いや、なんだその贅沢な悩み──自分の気持ちに正直になれば、俺はリリーが好きだ。


 だが、あの泣きながら俺のことを好きだと言ってくれたハローちゃんの顔が忘れなかった。


 で、この状況。

 どうして? こっちが質問したい。どうしてハローちゃんがここにいる? 瞬間移動してきたのか?


 ちなみに、前にも言ったが、ハローちゃんのスキル『瞬間移動』は目に見える範囲までしか移動できない。

 なので、もし瞬間移動で来たのであれば、ずっと俺たちをつけていたことになる。


 現場はピリピリしていた。

 緊迫感が漂っている。恋人の浮気現場を発見したときみたいな雰囲気だ。もちろん、俺は浮気しているわけじゃないぞ。


 実はリリーにもハローちゃんにも、自分以外の異性の友人と遊ぶことは伝えていなかった。


 リリーはフロストと遊ぶことは知っていたが、そもそもあの約束をしたときにハローちゃんとの予定は決まっていなかった。

 で、ハローちゃんには普通にリリーのことは伏せていた。


 その結果、この「何、この女」みたいな雰囲気になっているわけだ。

 ふたりはそもそも仲がいいわけじゃない。少しだけ話すことは見たことがあるものの、ただのクラスメイトの関係だ。


「あたしがジャックくんと約束してるんだよ。なんで一緒に──」


「違うもん。リリーが先だもん。フロストくんの次に約束したから」


「んー、でも、あたし、ジャックくんのこと好きなんだよ。もしかして、リリーちゃんもジャックくんのことが好きなの? 付き合いたい、とか思ってるの?」


「うん、もうあとは返事を待つだけだもん」


 ふたりとも温厚なところしか見ていなかったので、けっこう白熱した言い合いになってきていてビビった。


 お互いに敵視しているらしい。

 ハローちゃんは嫉妬しているのか?


「ねね、ジャックくん、あたしが先だよね、約束?」


「違うもん、リリーが先! ジャックくん、なんとか言ってよ?」


「えっと……」


 情けない。

 なんでこんなときに言葉が出なくなる?

 

 女子ふたりに追い詰められ、逃げ場はなくなった。

 

 はぁ。

 ここは事実を言った方がいいのか。


「約束していたのはリリーの方が先だった」


「ほらね。昨日から約束してたもん」


「むむむ」


「俺は──」


 どんなことを言おうか、慎重に考えた。

 視線があちこちに移り、時間がスローモーションになる。


 !!!


 ふと、見覚えのある人影が目に入った。

 はっきりとは見えなかったが、あの体格、あれくらいの身長はあいつしかいない。


 暗い細道に入っていくのがわかる。


 気にならないと言ったら、それは嘘だ。

 普通に細道に入っただけかもしれないが、どこか怪しい雰囲気と、危険なオーラを感じ取っていた。俺のこの感覚、間違いない。きっと何かやばいことが、起ころうとしている。


 女子ふたりの言い争いはまだ続いていた。

 そう簡単に終わるはずがない。


「ふたりとも、ちょっと待ってて」


 俺もあの細道に行こうとした。


「ねね、逃げようとしてるの?」


「リリーもついていきたい。いいよね?」


 ふたりがそれぞれ俺の両側の袖をつかむ。

 嫌な予感もするが、これはやむを得ないか。


「わかった」



 ***



 俺の真剣な表情に、これはただごとじゃないと判断したらしい。


 ふたりとも何も言わなくなり、黙って俺についてきてくれた。

 

 別に嫌な予感がするってだけで、実際は大したことなんてないのかもしれない。

 もちろん、それが1番望ましいことだ。


「ねね、あれ、もしかして……」


 小声でハローちゃんが聞く。


「ああ、ルミナスだ」


 やっぱりあの人影はルミナスだった。


 行き止まりの道で、誰かと話している。

 日光が入らないほど狭いので、暗くてじめじめとしていた。


「なんか、嫌な感じ」


「静かに」


 話している相手は包帯ぐるぐる巻きの、ミイラみたいな人間。

 男なのか女なのかは、まだわからない。


「トーナメントには多くの人が集まります。そして、学園の生徒全員が出場するでしょう」


 ルミナスが言った。


「つまり、そこで俺様が乱入し、観客もろとも殺す。そういうことか?」


 包帯人間の声からして、おそらく男だろう。

 乱暴で荒い言葉遣いに、残虐な思考。


 暴君のようだ。


「ですがまずは、ぼくが優勝を決めてからです。普通にいけば、おそらくあのジャック・ストロングが決勝まで勝ち上がっていくでしょう。なんとしてでもそれを阻止したい。そうすれば、他の連中は大した敵ではありません」


 包帯男は大きなため息をついた。

 俺の名前に反応している。俺のことを知っているのか?


「ジャック・ストロング……2代目の転生者……やつだけは──やつだけは許さん」


 俺たち3人は恐怖で固まって動けなかった。

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