第25話 放課後、ドキドキの練習
「ジャックくん、まずは……手、つなごう」
心臓がバクバクしている。
手を握るだけ。
たったそれだけのこと。アクロバットダンスを踊るには必要不可欠なこと。
なのに……なんでこんなに緊張してるんだ!!
リリーの顔が近い。少し赤くなっている。
ときは放課後。
第3訓練室を使う許可もしっかりもらい、俺とリリーは明後日のオーディションに向けて最高のアクロバットダンスを完成させることにした。
アクロバットダンスというのは、いわゆる普通のダンスに、アクロバティックな技を組み合わせた、ブレイクダンスよりもブレイクしない、さらに自由に動けるダンスのこと。
定義は難しいが、ブレイクダンス以上に総合的なダンスの技術とアクロバットの技術が求められる。
そして、今回はふたりで行うダブルス。
男女の呼吸を合わせ、ふたりでしかできないコンビネーション技をすることで、さらに高いスコアがもらえる。
最大の難所がそのルールだ。
演技中の3分間、必ずお互いに手を握っておかなくてはならない。両手である必要はなく、入れ替えることもできるが、もしほんの0,1秒でも手が離れれば……失格。
3分間ずっと手を握り合う。
練習もたくさんの時間が必要で、その時間をともにする。
すると……その男女は恋に落ちる。
そういう仕組みだ。
だが、俺は例外。
恋に落ちるはずがない。
のだが……。
「むぅ。リリーと手、つながないの?」
「いや、そんなわけない。つなぐなら、普通に」
普通に……普通に……緊張していた。
ドキドキしていた。
女の子と手を握り合ったことなんてない。異世界に来てもこれは変わらないと思っていた。
それなのに、こんな天使と俺が──手をつなぐなんて。
まずは1番重要な手を握ることを練習しよう。そう言ったのはリリーだった。
確かにそれは名案だ! まずは基礎基本をしっかりやらないと! 俺はそう賛成した。
今さらあとに引けない。ここは普通に、いつも通りに──。
「きゃっ」
俺とリリーの右手が触れ合った。リリーがビクッとして声を上げる。
やっぱり、嫌だったのか!?
さすがに俺と手を握りたくはないよな……とほほ……。
と思っていたら、リリーの右手が俺の指に絡んでいく。
これってまるで──。
「恋人つなぎじゃないか!」
リリーの顔が真っ赤に染まった。
「絶対に離れちゃだめ、なんだよ。だから、その、こうやって握っておかないと」
「手を入れ替えたりするのもありだと──」
「これは練習だもん。とにかく、まずはいっぱい手を握り合って、慣れようね」
「ああ、なるほど……」
この放課後は、ずっとお互いに見つめ合い、手を握る練習をしていた。
踊ることも、宙返りをすることもなく、ただただ、恋人つなぎをして、恋人みたいに見つめ合っていた。
約2時間。
休憩なしで……。
俺はこの練習に文句も何も、言えなかった。
***
翌朝、食堂にて。
俺の目はバキバキに覚醒していた。
そう、今回は睡眠不足どころか、寝ることすらできなかった。睡眠に入ることすら、できなかった。
そのせいか、眠くはなく、逆に覚醒して少しだけハイになっている。
「おっ、炎ボーイ! やっぱもうダチじゃん! 仲よし組の仲間みたいだって」
「うるせぇ」
「またまたツンデレなー。たまんないぜ!」
俺とゲイルのテーブルには、昨日と同じく、フロストとブレイズも来た。
すっかり違和感がなくなっている。たった1日で慣れたのか、あの異様な光景に。
クラスメイトも同じらしかった。
「おい、ジャック……練習はどうだ? あ?」
「オーマイガー、やっぱツンデレかよ」
そう、やっぱりブレイズはツンデレだな。
最近けっこう好感が持てるようになってきたのは、そのデレのせいか?
「おめぇは口閉じてろ、アホ」
「ちょいちょい! ジャックの調子は最高だぜ! この目を見てくれ! 覚醒してるってな!」
ふたりの会話を、冷たい目で見るフロスト。
彼はこの食堂に入ってすぐ、俺の右ポジションを確保していた。そしてやたらと俺を観察してくる。
気になって聞いてみたところ、首席でテスト最高成績である俺の観察をすれば、自分も成長できるはず、とのことだった。
「ジャックは徹夜してまで練習を重ねていたのか。それに対してぼくは……やはり首席はレベルが違う」
なんだか勘違いされているような気がする。
「順調なのかはわからない。今日調整するしかないな」
一応演技構成については話し合っていた。
手を握って見つめ合って、何も話さなかったわけではない。
演技構成は俺たちの実力があれば十分にこなせるところ。授業で少しだけダブルスのアクロバットダンスを練習しているので、要領はつかめるはずだった。
授業では基本みんな同性と組んで練習していたが……ちなみに俺はゲイルと。
ああして手を握ることに慣れたなら、あとはやれることを合わせるのみ。
無茶な難題もクリアできる。
変に緊張さえしなければ。
変にドキドキしなければ。
「そーいえば、この中の3人はクラス代表候補だったっけなー。あー、明日のオーディション楽しみだなー」
ゲイルの煽りが始まった。
で、結局ゲイルの半分以上残っていた朝食は灰となった。
「ハローちゃんとはうまくいってるのか?」
気を取り直して聞いてみる。それに、そんなに朝の食欲はなかったので、俺の残りをゲイルにあげた。
「ジャックは最高! 食べることは生きること!」
「アクロバットダンスのことは──」
「あ、そうそう。ハローちゃんはなかなか厄介だったな。ずーっと質問ばっかりしてきてさ。ていうのも、ジャックの質問ばっかりってやつよ。困ったもんだ。で、聞いたんだ。今度はおれが。答えると見せかけて。ジャックが好きなのか、って」
フロストの目が輝いた。なんで君の目が輝く。
嬉しいのか? 聞き間違えてるのか?
「彼女はなんと答えた? やはり首席で実力者のジャックは誰からも好かれ──」
「はいはい、今から言うって。驚くなよ。と思わせての驚け! ハローちゃん、ジャックに惚れてるらしいぜ!」
こんなときこそあの言葉。
オーマイガー……。
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