第24話 代表、絶対勝ち取れ

 フロストの表情は変わらなかった。

 嫌そうな顔をしたわけでもなく、嬉しそうな笑顔を見せたわけでもない。


 フロストのアクロバットの成績は申し分なかった。


 今回のテストでも、俺たち3人につけて4位。

 エレガントは本気で学年トップを狙っている。実力者と組み、確実にクラス代表を──。


 すまない、エレガント。


 もしゲイルたちのペアが代表になれなかったら、俺たちのペアが確実に代表にならせてもらう。


「フロストくん、それでいいかい?」


 タイフーン先生が聞いた。


 フロストの目は冷たい。俺に向ける目とは大違いだ。特にあの朝食のときはすごく輝かしい目だった。


 先生に対しては冷たいのか? 


 やっぱりフロストもツンデレ? ちなみに、ブレイズはツンデレ確定。


「相変わらず涼しい、フロストくん。ボクの風もキミの北風に負けたようだ」


 授業終了の鐘が鳴った。

 鐘は学園の中心部、ユピテル庭園の時計塔にある。この鐘で生徒・先生の日程が制御されていた。


「授業はここまで! いやしかし、代表が決まってよかった。この3ペアは明後日のオーディションまでに最高のアクロバットダンスを用意してきてくれ!」



 ***



 アクロバットの授業が終わり、休み時間。

 

「ジャックくん」


 隣の席のリリーが話しかけてきた。

 今では隣の席というだけじゃない。俺のパートナーで、ともに1位を目指す仲間だ。別に恋愛とかは考えてないぞ、まったく。


 俺を見るリリーの目はきらきらしている。

 

 選んでもらって嬉しいのか?

 いや、リリーは優しいからな。もしかしたら気を使ってるとか。


「練習、いつする?」


「練習……」


 そうだった。


 オーディションは2日後。

 ゆっくりしている余裕なんてない。パートナーと時間をともにし、練習をしたり、絆を深める必要がある。


 待て。


 絆を深める?

 リリーと?


 よく考えてみれば、俺はリリーのことをよく知らない。好きなものなんて何もわからないし、クラスで席が隣ってことくらいしか接点もない。

 ブレイズにいろいろ言われていたときは、毎回フォローしてくれていた。


 ……。


 それなのに俺は──あのテストで、今までフォローする必要なんてなかった、と示したわけだ。

 けっこうひどくないか?


 せっかくフォローしてくれていたのに、結局俺はそんな……もしかして、俺はリリーを傷つけたんだろうか?


「ジャックくん、どうしたの? 練習、するよね?」


「ああ、もちろん」


「今日から始める?」


 リリーの顔が見れない。

 

 この感情はなんだ? あのときのことを申し訳なく思ってるのか、可愛い顔で見つめられて照れてるのか。


「──そうだな。今日から始めないと出遅れる。きっと他のペアも今日からすぐに練習を始めてるはずだ」


「うん! じゃあ、放課後、第3訓練室使えないか聞いてみるね! 貸し切りで」


「貸し切りで……」


 ってことは、あの訓練室にふたりきり。


 ふたりきり。


 放課後。


 放課後は寝る予定だったが、しかたない。昼休みにしっかり仮眠を取って、全力で練習に励もう。緊張はするが。



 ***



 昼休み。

 

 仮眠中。


 食堂に行くこともなかった。何かを食べたい気分でもない。

 頼むから、誰も起こしに来ないでくれ。頼むから──。


「おい、ジャック!」


「!!!」


 驚き過ぎて、足を机にぶつけた。

 きっと顔には相当な嫌悪の感情が出ているはずだ。俺の睡眠を邪魔するとは……あいつしかいない。


「クラス代表、おめぇが勝ち取れ」


「……え?」


 予想外の言葉だった。


 おめぇの代わりにオレを出せおら!って言うと思っていたが、俺を応援してくれてる。

 ブレイズ、調子でも悪いのか? 変なクスリでもやってるのか?


 待てよ、やっぱりツンデレだ!


「そんな目で見んなライバル! オレのライバルなら、代表の座を獲るのは当然だって言ってんだ! いいか、あのアホはまだ許す。もしあの白いボケと金持ち女に代表を取られたら……わかってんな? あ?」


 ブレイズの目は燃えている。


 なんとなく言いたいことはわかった。

 だが、これは脅しだ。そうなったらどうなる? 俺は殺されるのか?


 ちなみに、ブレイズの言う「アホ」はゲイル、「白いボケ」はフロスト、「金持ち女」はエレガントのことだ。

 フロストは確かに髪も目も白っぽいが、ボケではない。

 エレガントは金持ちの家系に生まれた、というのはたぶん本当だ。


「できるものならゲイルに──」


「おい、もしかしてこう思ってるんじゃないよな? 親友のアホに、代表の座を譲ってあげようとか、アホを応援しよう、とか──いいか、オレが認めたのは本気のおめぇだけだ。本気でやらねぇなら、ただの無能だかんな」


 脅し口調なのは変わらない。

 だがその気持ちは伝わった。ブレイズも、そしてゲイルも、本気でぶつかることを望んでいる。


 中途半端な気持ちで挑むのは失礼だ。


 ゲイルに譲ってもいい、なんて考えている時点で本気じゃない。

 俺は絶対に、リリーとクラス代表の座をつかむ。そう心に誓った。


「クラス代表、俺が──俺とリリーのペアが勝つ」


「いいじゃねーか。その気持ち、緩めたらシバく」


「ああ」


 で、俺はまた仮眠に戻った。

 今回はゲイル並みのスピードだったと思う。


 放課後のリリーとの練習のために、しっかり寝ないといけない。

 緊張、してるわけじゃないぞ。

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