第16話 中庭で

 女子ふたりから逃げられたかと思えば、今度はブレイズ。


 前ほどではないが、俺が苦手としている生徒だ。


「どこに連れていくつもりだ?」


 ブレイズは俺の問いかけに答えず、ただ黙々と、俺を部屋から遠くのところに引っ張っていく。

 テストのことで話があるのは間違いない。


 なんで実力を隠してたんだ?


 なんで無能のふりをしてたんだ?


 そんな感じだろう。きっと。


「ここなら誰もいねぇ」


 最終的に、俺たちは中庭まで歩いてきた。

 綺麗なチューリップっぽい花が咲き、白い王国式の噴水が鮮やかな場所だ。


 確かに人はいなかった。


 ここは学園の憩いの場として認識されている。

 よくカップルがここに来て、イチャイチャしているな。


 もしかして、こいつは俺とイチャイチャ──ていうのは冗談だ。


「オレは知ってた」


 急にブレイズが口を開いた。


 中庭は静かだ。

 小さな声でも、すみずみまで広がる。ブレイズの声は弱々しかったものの、よく響いた。


「知ってたって……何を?」


「おめぇが実力を隠してたってことだ。わかってるくせに聞くな、ボケ」


「俺が実力を隠してた事実は、ゲイルにしか言ってないはず──」


 そのときふと思い出した。

 俺は入学試験のときに実力を完全解放している。


 確かあのとき……ブレイズ・バーニングも近くで戦っていたような……記憶は確かじゃないが、もしブレイズがその場にいたなら、それは納得できる話だ。


「入試のときか」


 ブレイズが頷いた。


「あんとき、オレはおめぇを見てこう思った。こいつには勝てねぇ。レベルが違い過ぎる」


「……」


「こうも思った。入学したらこいつに絶対勝つ。それも、オレがレベルの違いを見せつけてから勝つ。クラスの実力者にも、学園全員にも、教職員にも勝つ」


 ブレイズの目は本気だ。

 何度も見たことがある。闘争心に燃えた、やる気に満ちたその目。


 俺の目からはそんなやる気が感じられるのか?


 いや、今までの俺は「目立たない」が目標だった。

 実力を出さず、本気でぶつからず、軽い気持ちで学園生活を送っていた。


 ブレイズの気持ち、ブレイズのモチベーションは俺に勝つこと。


 だが、俺はいつまでたっても本気で戦おうとはしなかった。


「なのにおめぇはなんだ? オレが本気で来るよう挑発しても、気にもしねーで厄介者扱い。何度言っても、おめぇは俺が勝ちたいと思ったおめぇじゃねー!」


「ブレイズ……」


「で今回のテストだ。とうとうおめぇは本気を出しやがった。熱い炎も見せつけられた。バーニング家で1番強い炎が出せるオレのよりも、ずっと熱い炎……ようやくだ! ようやくおめぇの心の中に、燃える炎が見えた!」


 ブレイズの上半身が燃えている。

 感情的になると、彼は自分の体をも燃やしてしまう。いつもは手だけだ。


 今回は上半身全部。


 それだけ、俺に対する感情が大きい、そういうことなのか。


「今回、君と本気でやり合ってわかったことがある」


 俺もついに口を開いた。


「俺はこれからも本気で頂点に立ち続ける。みんな全力だった。熱意にあふれていた。なのに俺は本気を出さずにいつもドライで……だから正々堂々、俺も本気で挑む」


「おもしれぇ。今回までだからな、オレがおめぇに負けるのは。次のテストだろーが、授業だろーが、オレはおめぇに勝って、最強の戦士になってやる!」


 俺たちの間にあった厚い壁はなくなり、熱い闘志へと変わっていた。


 ブレイズは今後さらに強くなるだろう。

 だが、俺ももっと強くなる。


 誰にも追いつけない強さを見せつける。


「望むところだ。だが俺は頂点の座を譲るつもりはない」


 俺はライバルに向かってはっきりと、そう宣言した。



 ***



 ところで、あの魅了の魔術のことを覚えているだろうか?


 スペクター先生によって無理やりかけられた魅了の魔術。

 かかると3日間、好きな相手を完全に落とすことができる、という恋愛の魔術だ。


 魔術基礎の実技試験、上位3名に入ったのはフロスト・ブリザード、ルミナス・グローリー、俺の男子生徒3人。


 断るのはなしだと言われ、結局かけられたわけだが、もちろん効果はない。


 好きな人がいなければ、効果の対象もいない、というわけだった。


 そして明らかにフロスト・ブリザードには好きな人なんていなさそうだ。

 恋愛に興味なんてない、という表情をしていた。


 じゃあ性格最悪のルミナスはどうか。


 それはまた、これからのお楽しみといこう。

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