第82話

「ゆづ」



ナオくんの声に顔を上げようとして、



「ごめん」



悲しそうに謝罪の言葉を吐き出したナオくんに、クマさん諸共に横から抱き締められた。



「妬いて欲しいなんてもう二度と言わない。俺にとって大切なのは、ゆづだけだ。だから……そんな悲しい顔しないで」



悲しい顔って? と不思議に思った瞬間、



――ポタッ……



クマさんを抱いている私の左手の甲に水滴のようなものが降ってきて、



「あ、れ……?」



それが自分の目から零れ落ちた涙だということに、初めて気が付く。



私の左手に落ちた雫はするすると肌を滑り落ちていき、薬指の指輪を濡らしたところで止まった。



「な、んで……」



一度決壊してしまった涙腺は、もう抱えきれないと言わんばかりに、どんどん涙の粒を零していく。



ナオくんと一緒に過ごせる毎日が幸せすぎるからなのか。



片想いをしていた当時のことを思い出しただけで、胸が張り裂けそうなくらいに苦しくなる。



もう、ナオくんのいない日常になんて絶対に戻れない。



「ゆづ」



ナオくんが私の腕の中からクマさんを取り上げて横に退かすと、私だけをぎゅうっと強く抱き締めた。



「愛してるよ、ゆづ」



「ナオ、く……」



涙で言葉が続かなくなった私の唇を、ナオくんの唇が優しく塞ぐ。

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