第61話

「え? 俺の欲しいもの?」



私よりも遅れて仕事から帰ってきたナオくんが、通勤に使っている鞄をいつも通りリビングにあるテレビ台の隣に置いた。



突然何を言い出すんだという目で私を見つめていたナオくんは、



「ゆづ」



不意に私の名前を呼んだ。



「え? 何?」



ナオくんの傍にトコトコと近付くと、



「俺が欲しいのは、ゆづだけ」



ナオくんにぎゅうっと優しく抱き締められた。



……この場合は、捕まった、という表現の方が正しいのかもしれない。



「えっ?」



「急にそんなこと聞いて、どうした? 俺の誕生日はまだ先だけど」



「あのっ……婚約指輪のお礼をしたいんだけど、何がいいか分からなくて」



「え? 何それ?」



ナオくんの中には、『婚約指輪のお返しをもらわなきゃ』という概念はないみたい。



ナオくんはとても不思議そうに首を傾げた後、



「今、俺が切望してるのは、早くゆづと籍を入れることだけなんだけど」



私の首にそっと顔を埋めて、首筋にキスを落とした。



「ひゃっ!?」



「……坂下ってヤツに、相変わらず言い寄られてる?」



ナオくんの低い声に、



「な、なんでそれを……」



思わず反応してしまったけれど、



「やっぱり、そうなのか」



険しく歪められたナオくんの顔を見て、カマをかけられただけなのだと後になって気が付いた。

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