第58話

目上の先輩に言うことではないけれど、もう我慢の限界だった。



これが、アレかな。



ナオくんが言ってたセクハラってやつ?



もしこのことをナオくんにグチったりでもしたら――



多分、坂下このヒトに明日は来ない。



ナオくんの綺麗な手を汚させるわけにはいかないので、ここは自分で対処するしかない。



でも一体どうすれば……?



「うーん……」



さっきとは別の意味の唸り声を漏らしていると、



「サボり発見」



休憩室の入口ドアから、松野シェフが顔を覗かせて低い声を発した。



「げっ、シェフ……!」



焦る坂下さんに、



「お前……今サボってた分、次の休憩30分カットな」



シェフは無情にもそう告げて、



「今届いた原材料の片付けでもして来い」



厨房の方を指差した。



坂下さんは慌てて部屋を出て行って、それと入れ違いでシェフが私の目の前までやって来た。



「結月ちゃん。坂下のこと、直人あいつには言わないでやって欲しい」



「あ、大丈夫です。絶対言いません」



言えばどうなるかなんて、想像に難くないから。



「あの、その代わりと言っちゃなんですけど」



丁度いいところに丁度いい人が来てくれたので、この際聞いてみよう。



「舞ちゃんから婚約指輪のお返しってもらったりしました?」



私が今一番知りたい答えを知ってるのは、舞ちゃんと松野シェフだけだから。

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