第8話

初めてあった人が自分を認め、求めてくれた。そんな事今まであっただろうか。とても信じられない気持ちを抱えたまま家路を進む。初めてもなにも、普段認めてもらうことも求められることも口に出されたことはなかった。いったい何が起きているのだろう。なにか物語の世界にでも紛れ込んでしまったのだろうか。わからなさすぎて、正社員雇用を喜ぶ気持ちさえ湧いてこない。

最寄駅から徒歩でスーパーに寄る。さっきまでの出来事に現実感を感じない。こんなぼーとしてたら食事は作れないと思い弁当を買った。食欲も感じないし、いつもとは違うが先に風呂に入ることにした。

やはり緊張してたのだろう。湯船の中で体をゆっくりとほぐす。じわじわと体が温まってくる。ふぅ。五十を過ぎた俺があり得ないと思うことを体感した。もっと若い時なら、求めに対しての情熱が出たかもしれない。めぐり合わせだから言ってもしょうがないことはわかっている。いろんな意味で諦めてた。枯れてた俺に今、めぐり合わせが来てるのか。勝負事も人生も最後までわからない。とはいうもののモブだよ。モブおっさんだよ。モブおっさんならたいがい俺の人生こんなもんさと思ってるよ。

グダグダが止まらないから風呂から上がる。

まだ弁当はいいかと思いタバコを吸う。なんで俺の心は石化してるのだろう。単純に喜べばいいのだ。人の好意を素直に受けられないかわいそうな奴だ。寂しい人生を送るのも当たり前か。分析と言う名の自虐だ。発泡酒を飲もう。酒の力を借りて寝よう。弁当を温め、発泡酒を手にテーブルに着く。まずはグビっとのど越しを楽しむ。パソコンの電源を入れ小説サイトを見る。お気に入りが更新されていた。パラレルワールド物だ。そういえばさっき俺も思ったな。物語の世界に紛れ込んだような錯覚を。主人公はこんな感覚だったのか。俺は混乱から抜け出せてない。やっぱりモブと主人公では違うな。今日の出来事が心のピースにはまるのはいつだろう。弁当はまだ半分だが発泡酒は空だ。二本目を取りに行く。弁当を食べ終えたのと小説巡りを終えたのがほぼ同時。チャットへ行くか。気晴らしになるだろう。

サイトを開く。サムネを見る。rioがいた。頑張ってるなと思いクリックした。その姿はたどたどしく変わってなかった。「今日も見てくれてありがとう」かすかにだが自然な笑顔に近くなったような気がした。こうやって変わっていくんだな。

「rioの挑戦を見守ってくれるお兄さん。応援してくれるお兄さん。感謝です。今日はお約束した四つん這いに挑戦します。最後だよ。最初からは恥ずかしすぎて無理だよ。rioにはハードル高すぎるよ。でも、いつかお兄さんたちを夢中にさせるって野望はあるんだよ。えー無謀ってコメントきた。大丈夫、見守ってくれるお兄さんがいる限りいつかはね」

見守ってくれる人がいて挑戦できる。ショックを受けた。

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