第84話

唇にもされるのかと思ってぎゅっと強めに目を閉じると、



「……」



ナオくんは何も言わず、私の髪をさらさらと撫でる。



そのままナオくんの温かい手が静かに離れて、



「!」



立ち上がってベッドから離れようとしたナオくんの服の袖を、慌てて掴んで引き止めた。



「ゆづ? 食器を片付けるだけだから――」



「なんで唇にはしてくれないの?」



咄嗟とっさに口から飛び出た台詞には自分でも驚いたけど、



「えっ」



ナオくんはもっと驚いた顔をして私を見下ろしていた。



「……まだ付き合ってないのにしてもいいの?」



「もう3回もしたじゃん」



私の言葉に、ナオくんはバツが悪そうに顔を背ける。



「うん、それはそうだけど……」



「ナオくんは、私とキスなんてしたくない?」



恐る恐る訊ねると、背けられたナオくんの顔が真っ赤に染まっていくのが少しだけ見えた。



「……っ、我慢してるのにその聞き方はズルい」



ぼそりと呟くように言うと、ナオくんは手にしていた空のスープマグを台に置き直した。



そして、私の頬を挟むようにしてナオくんの両手が添えられる。



「言っとくけど……遊びなんかじゃなくて本気のキスするからな」



ナオくんのその言葉の意味を、私が理解するよりも前に――



ナオくんの唇が、私の唇に優しく重ねられた。

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