第67話

仕事を終えて帰宅した俺は玄関に上がってすぐに、ゆづが登録しているというマッチングアプリをダウンロードした。



リビングのソファーに座ってのんびりしてから……なんて余裕は、俺にはなかった。



登録する時の名前は、ゆづにバレないように――でもどこかで俺だと気付いて欲しいという気持ちを込めながら、“波間 乙矢”と登録した。



設定した地域の中でマッチした女の子の中から、ひたすらにゆづを探して――



ひらがなで“ゆづき”と登録された名前と、写真や自己紹介文を見て、すぐにこれがゆづだと確信した。



警戒心の強いゆづのことだから、メッセージでのやり取りには細心の注意を払った。



そうして、やっとゆづと“乙矢”が初めて会う日を迎えた。



この日まで、ゆづからは“ナオくん”としての俺に対するメッセージは本当にただの一通も届いてはいなかった。



乙矢とは、毎日のように楽しそうなやり取りをしているのに。



――ズキンッ



突然俺の胸を襲ったこの痛みには、身に覚えがある。



……舞に初めての彼氏が出来た時。



舞が彼氏と婚約したと知った時。



最近だと、舞が妊娠したと聞かされた時。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る