第64話

リビングに入った瞬間、ずっと取っ手を握り締めたままになっていた通学鞄とレモンケーキの入った紙袋を、ナオくんがそっと取り上げる。



紙袋の中身がちらりと見えたのか、



「……俺にはお菓子を作ってくれたことなんて一度もなかったのに」



寂しそうにそんなことを呟いた。



「だ、だって……ナオくん、いっつも舞ちゃんの作ったお菓子を褒めてたから……」



舞ちゃんと比べられるのが怖くて、バレンタインのチョコですら、ナオくんに手作りをあげる勇気がなくて既製品で済ませてきていたくらい。



「今は舞の話なんてしてない」



ナオくんはますます不機嫌そうに表情を歪めると、手にしていた荷物をリビングのテーブルの上に置いて、私の手を強引に引く。



そのまま寝室に連れて行かれて、



「きゃっ!?」



ナオくんに、ベッドの上で乱暴に押し倒された。



「な、ナオくん……?」



「“乙矢”と会って、お菓子をプレゼントして……その後どうするつもりだったの?」



ナオくんの冷たい眼差しが、私を鋭く見据える。



「ど、どうって……」



そんなの、会ってみないと分からないのに。



「……、されるかもしれないって分かってたろ?」



ナオくんの言葉の意味が分からなくて首を傾げようとした瞬間、



「やっ……!」



服の裾から侵入してきたナオくんの手が、私の素肌に直接触れた。

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