第86話

驚きや戸惑いよりも、嬉しいという気持ちが勝ってしまい――



「私と付き合って欲しいな」



「もちろん、喜んで!」



この時の友季には、冷静に考えられるような心の余裕など全くなかった。



――そもそも、現在の彼女には本当に彼氏がいないのか? ということを、もっとよく考えるべきだったのに。



雅の告白を受け入れた、その翌日。



いつも通りに登校した友季が自分のクラスの教室に入ると――



賑やかだったクラスメイトたちが一斉に押し黙って友季を見た。



そして、ヒソヒソと感じの悪い話し声を立て始める。



今までに感じたことがない程の居心地の悪さに戸惑っていると、



「おい、そこのデブ」



このクラスのカーストの頂点に君臨している前田まえだが、教室の入口で立ち尽くしている友季の前に立ちはだかった。



「お前。そんなデブスの分際で、俺の女にちょっかいかけてんじゃねーよ」



「……前田君が誰と付き合ってるのかは知らないけど、俺はそんなことしてな――」



冷静に答えようとした友季の制服の胸ぐらを、前田が掴む。



「雅が、お前に付きまとわれて迷惑してるって泣いてるんだよ!」



「……え?」



一瞬、何を言われたのか友季には理解出来なかった。



けれど、視線を教室内に移すと――



教室の真ん中の席で、白いハンカチで顔を覆ってむせび泣いている雅の姿が、嫌でも目に飛び込んできて。



――自分はめられただけなのだと、すぐに理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る