第75話

友季が舞を引き連れて厨房へ戻ると、



「流石はシェフです。ますますファンが増えましたね」



上田が、四つ折りにしたティッシュペーパーを友季に向けて差し出した。



『白いハンカチ』をイメージして出したのだろう。



そのからかいの意図を汲み取った友季は、



「……要らない。上田さんの鼻かみにでも使って」



ムッとして唇を尖らせた。



その表情を崩さないまま、



「鈴原、ハンカチ貸して。あの分厚いの」



舞の方をじっと見つめる。



「えっ。あの……ロッカーに入ってるんですけど……」



「うん。貸して」



ロッカーは盗難を防ぐために更衣室の外の休憩室に設置されている。



舞が先に休憩室に向かい、その後を髪をびしょ濡れにしたままの友季がふらふらとついていった。



舞がロッカーの中のバッグから取り出したタオルハンカチを、友季へと差し出しながら、



「コック帽脱がなかったら、濡れ方ももう少しマシだったのに」



呆れた顔を友季に向ける。



「客に挨拶しに行くのに、帽子被ったままじゃ失礼だろ」



ハンカチを受け取った友季が、まず最初に顔を拭いて、



「……あ。これ舞の匂いがする」



ハンカチに鼻を埋めてすんすんと嗅ぎ始めた。



「ちょっと。やめてよ、変態」



舞が慌ててハンカチを取り返そうとして、友季も慌ててハンカチを持ったままの手を天井へと掲げた。



背の高い友季にそんなことをされたら、平均的な身長の舞には届くはずもなくて。

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