第72話

舞は自分の手首を掴んだままのオッサンを鋭い目つきで見下ろしながら、



「漏れたんじゃなくて、漏らしたんです」



低い声でぼそりと答えた。



「お腹の出てるオッサンに、シェフのことを“デブ野”呼ばわりして欲しくはないので」



「なっ……」



オッサンは少しだけ絶句した後で、



「オッサン呼ばわりしてくれてるけど、俺らと松野はタメだからな!」



友季を指差した。



「シェフと同い年!?」



舞は掴まれていない方の右手を、わざとらしく驚いたように口に当てた。



「ただのオジサンにしか見えなくてキモいんで、離して下さい」



舞は本当に嫌そうな顔をして、掴まれたままの左手を軽く揺らす。



「このクソ女、調子に乗んなよ!」



オッサンはやっと舞の手を離したかと思うと、その手でテーブルの上のお冷のグラスを掴んだ。



「!」



すぐに反応した友季が、トレーを持つ手とは反対の右手で舞の肩をぐいっと抱き寄せる。



自分の胸の中に舞を隠すと、すぐにオッサンへと背を向けて――



――バシャッ



後頭部側からグラスの中の水を思い切り被った。



友季の髪を伝って落ちる冷たい水滴が、舞の頬にぽたりと落ちる。



「……トモくん……?」



恐る恐る友季の顔を見上げる舞に、今まで険しい顔をしていた友季は、ふわりと微笑む。



「舞は無事? 濡れてない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る