第56話

「……俺、最低だろ?」



友季は苦笑しているが、その目はとても悲しそうで。



「……私だって、トモくんのこと好きなのに……」



舞は、どうして? と聞こうとして、



「俺にあんな暴言吐いたのは舞だけだったから、お前は特別」



相変わらず苦笑している友季に、愛おしそうな目で見つめられた。



「俺のことも客のことも、両方のことを大事に考えてくれたのも舞だけだから」



友季はそう言うと、また舞を優しく抱きすくめる。



「こんないい女を、好きにならないわけないだろ」



「……」



友季の気を引きたいとか、そういう努力みたいなものを何一つしてこなかった舞には、友季が自分の何に惹かれてくれているのか全く分からないが。



とにかくきっかけは、舞の入社初日の暴言らしいことだけは理解した。



「……でも、そんな夢見てあんなに悲しそうに俺を呼ぶくらい、俺のこと好きでいてくれてるんだ?」



友季の目つきは、いつの間にか熱のこもった意地悪げなものに変わっていて――



「……あぅ……」



舞はしまったと思ったが、もう遅い。



「舞……ちょっとだけ触ってもいい?」



舞の返事を聞くよりも先に、友季は舞の体を毛布ごとお姫様だっこして、寝室の方へと運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る