第44話

「松野さん、お久しぶりです」



山内と呼ばれた女性は、やっと舞から手を離して体を友季の方へ向けた。



「……何しに来た?」



友季のその声は、客に向けての台詞とは思えない程、鋭く冷たい。



それを聞いて、やはりただの客ではないのだと舞は気付いたが、黙って2人の様子を眺めていた。



「お店のSNSで、今日が新作ケーキの発売日だって知ったから買いに来ました」



山内の言葉に、友季は眉間に皺を寄せ、



「……今ならまだ残ってるから、さっさと買って帰れば?」



それだけを言うと、ふいっと背中を向ける。



「鈴原。仕事に戻れ」



舞にそう声をかけて、厨房に戻ろうとするその背中に、



「私のことは拒んだのに、こんな子供みたいな子は受け入れたんだ?」



山内はそんな言葉を投げかけた。



友季は一瞬だけ足を止めたが、



「……」



何かを言うことも、山内を振り返ることもせずに厨房の奥へと消えていった。



友季の指示に従って、舞も慌てて床に落ちたクッキーを拾い、無事なクッキーたちを台に並べ直す。



「……友季さんの馬鹿」



舞のすぐ傍で、今にも泣き出しそうな声でぽつりと呟いた彼女は、そのまま何も買わずに店を後にした。



――“友季さん”



その呼び名に、実は2人には親しかった時期があったのではと舞は思ったが……



「……っ」



下手に想像を膨らませるのは良くないことだし、何より舞の胸がズキズキと痛み出すので、それ以上考えることはやめにした。

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