舞の前任者

第42話

「鈴原。これ店に出しといて」



友季が、完成したばかりのケーキを載せたトレーを舞に差し出す。



受け取った舞は、



「わぁ……美味しそう!」



その新作ケーキを見て、目をキラキラさせた。



今が旬の柚子を使った、レアチーズケーキ。



友季が試作しているのを何度かつまみ食いさせてもらったことはあるが、この完成品の味はまだ知らない。



ふんわりと漂ってくる柚子の爽やかな香りに、柑橘類が大好きな舞はごくりと生唾を飲み込んだ。



「先に取り置きしておくか?」



舞の物欲しそうな様子に気付いた友季がそう訊ねた。



『パティスリー・トモ』のケーキは、基本的にその日中に完売してしまうため、売れ残りを買い求めようと思ってもなかなか叶わない。



なので、従業員たちはショーケースに並べる前に先に欲しい分を自分で取り置きしておくのだが。



「……いいえ。大丈夫です」



舞は、元々は友季の作るお菓子のファン。



この店に友季のお菓子を求めてやって来る客の気持ちをよく分かっているつもりだ。



従業員の自分が買うよりは、一つでも多くお客様の手に届いて欲しいと思っているから。



「もし売れ残ったら、その時は買いたいです」



そんなことを言っていたらいつまで経っても買えないのだと知ってはいるけれど。



「……そうか」



友季は一瞬だけ何か言いたそうにしたが、結局は何も言わず、次のケーキの仕上げに取り掛かった。

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