第79話

「モテる男は辛いってヤツっすか」



「いや、違うから」



木村の台詞に、友季は思わず苦笑する。



「でも実際、かなりモテてるっすよね?」



木村は、切込みを入れたシュー生地に生クリームを絞り入れながら、友季の顔をまじまじと見つめた。



「どうなんだろ……でも少なくとも俺は、この店は俺の顔じゃなくて味で選ばれてるって信じたい」



パティスリー・トモが雑誌などで話題になり始めた頃、注目された理由はお菓子の味ではなくオーナーの顔だと評されたこともあった。



人気が出てきて人手が足りなくなり、求人募集をかけて新人を雇い入れた時も、大半が友季目当ての若い女性だった。



だからこそ、初対面で友季に『お前の顔なんてどーでもいい』と言ってのけた舞の存在は、とても新鮮だった。



あれからまだ2ヶ月も経っていないというのに、あの日のことがなんだかとても懐かしい。



思い出しただけで、つい笑みが零れてしまう。



氷を敷き詰めたバットの上にもう1つバットを載せ、そこに炊き上がったカスタードクリームを流し込んで急速に冷やす。



重い鍋を傾けてクリームを流し込む作業は、男性社員でもなかなかに辛い仕事なのだが、



「……」



思い出し笑いをしている友季は、笑顔を浮かべたまま、それをこなしている。



はたで見ているとかなり不気味な光景だな、と木村は密かに思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る