第76話

袋を開けて、中の1つを取り出す。



そのまま、それにかじりついた。



その瞬間、昼間食べた時と同じ、甘夏の爽やかな甘さが口の中いっぱいに広がって――



何故だか、友季の意地悪そうな笑顔を思い出した。



大嫌いなはずなのに、



「……うっ……ひっく……」



今すぐに会いたいと思ってしまった。



彼の、いつもの憎まれ口を聞きたいと――



意地悪なのに、どこか優しさのこもったあの笑顔を見たいと思ってしまった。



(あんなヤツ、大っ嫌いなのに、なんで……)



何故なのかは自分でも全く分からなかったが、



(……やっぱり、シェフのお菓子は凄く美味しい……)



マドレーヌの甘さが、じわじわと舞の心と体の緊張を溶かしてくれる。



胸の奥から、じわじわとした熱が込み上げてくる。



その熱に押されるように、



「うぅ……ぐすっ……」



我慢していた涙が、またぽろぽろと溢れ出した。



舞はもう涙を拭うこともせずに、



「ひっく……ぐすっ……」



しゃくり上げるように泣きながら、両手で掴んだマドレーヌをむしゃむしゃと頬張った。



こんなに美味しいマドレーヌを、直人なんかにやるもんか、という気持ちを込めながら――

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