第70話

「その子のことを、本気で好きなんだって気付いてしまったので。だからもう、美和さんのことは抱けません」



体をり寄せてくる美和から、友季はそっと離れた。



「多分、今の俺は美和さんに何をされても反応出来ないと思うので」



女としての価値を全否定するようなその言葉に、



「なっ……何よ!!」



美和はショックで、目に涙を溜めたまま唇を噛み締めた。



「私みたいな美人をタダで抱けるなんて、アンタ凄くラッキーなのよ!?」



「……今まであなたを抱いて、いいと思ったことなんて一度もありません」



言ってもいいものかと一瞬悩んだが、それが友季の本心だった。



美和を抱くことよりも――



友季の作ったお菓子を食べている舞の笑顔を、ただ見つめているだけの時間の方が、何百倍も幸せだと感じるから。



「タクシーを呼ぶので、今日はもう帰って下さい」



友季がタクシーを呼ぼうと、ズボンのポケットからスマホを取り出した。



「嫌よ! 今日は絶対に帰ってやらないから!」



美和は、何とか無理矢理にでも友季をベッドに引っ張ろうとする。



「……分かりました」



友季が諦めたように小さく溜息をつき、



「えっ?」



美和が、期待の眼差しで友季を見上げた。



「今日はもう泊まっていって下さい。俺は――どこか他所よそに泊まるので」



友季は美和の手を振り払うと、財布とスマホと車のキーだけを手に取る。

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