第62話

「そうじゃない。そんなに酔った状態の山田さんに、女の子を任せられないって言ってんの」



冷静に答えてはいるが、友季の目には怒りが込められている。



「あっ、ねぇ! もう時間も遅いし、そろそろお開きにしない?」



上田が慌ててそんなことを言い出し、



「あっ……自分も、明日は朝一から趣味の海釣りに出かけるんで、もうそろそろ……」



木村も早く帰りたいアピールを始めた。



「山田。電車組の俺らには、鈴原ちゃん連れて帰るのは無理だって」



高橋も、山田の肩をポンと叩いた。



「……」



華やいだ世界に思われがちなパティシエの収入は、実はそんなに良くはない。



タクシーの利用だって、節約のためを思うなら極力控えたいところだ。



「……ちっ」



山田は露骨に舌打ちをし、



「今は我慢するけど、飽きたら次は絶対俺に回せよな!」



上司に向かってそんなクズ発言をした。



酒の席のことで、どうせこのやり取りも明日になれば山田は覚えてはいない。



友季は不快に思いながらも、



「……」



何も言い返さなかった。



そのままテーブルで勘定を済ませ、



「鈴原? 少しだけ我慢してくれよ」



念の為に舞に声をかけた友季は、舞をそっとお姫様抱っこする。



舞のバッグは、上田が店の駐車場にある友季の車までついてきて運んでくれた。



車の後部座席に舞をそっと寝かせ、



「ふぅ……」



溜息をついた友季に、



「シェフ……」



上田が複雑そうな眼差しを向けた。

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