第54話

友季の様子など全く気にしていない舞は、目の前のマドレーヌをまじまじと見つめる。



「このマドレーヌに入ってるのって……甘夏、ですか?」



甘夏みかんは今が一番美味しい時期。



友季が契約農家に直接出向いて仕入れてきたそれを、早速マドレーヌに仕立てあげたのだ。



パティスリー・トモで作られているマドレーヌは、常に3種類のフレーバーが用意されている。



プレーンとチョコが定番で、そこにもう一種、季節限定のものが加わる。



今の季節は、この甘夏がそうらしい。



柑橘類が大好きな舞は、この爽やかな香りを鼻で感じ、



(……つまみ食いしたい……)



そんな欲求に駆られそうになる。



しかし、大切なお客様への商品に、そんなことをしてはいけない。



なんとか理性で自分の手を押さえつけながら、垂れそうになるヨダレも我慢した。



上田から教わった手順を自分で何度も確認しながら、丁寧に袋に詰めていく。



自分たちからは、大量にある商品の中の1つにしか見えないが、お客様にとってはその1つが、全てなのだ。



妥協や手抜きなど、絶対に許されない。



袋詰めと同時進行で、マドレーヌの検品もしていくのだが。



型から外す時に形が欠けてしまったり、少し火が入りすぎて焼き色が強すぎるものがあったり。



そういったものは商品にはならないので、端によけていく。

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