マドレーヌ

第53話

パティシエの仕事は、ただひたすらにお菓子を作ればいい――というわけではない。



「鈴原さん、こっち来てくれる?」



上田に呼ばれ、厨房内の計量や仕込みをしている作業台から一番離れた反対の壁際に寄せられた作業台に舞が行くと、



「わぁ、美味しそう!」



焼き型から外された大量のマドレーヌが、耐熱性のシリコン樹脂製シートの上に、所狭しと並べられていた。



シートの上で完全に冷まされたそれに、



「ラッピングしてお店に並べるから、手伝って」



商品として出すための最終工程を施す。



一つ一つを手作業で丁寧に袋詰めしていくのも、パティシエの仕事だ。



新しい仕事を教えてもらえるというのは、とてもワクワクする。



目をキラキラさせる舞に、



「お前に食べさせるために焼いたんじゃないからな」



背後から呆れた声を投げかけたのは、友季だった。



「分かってます」



友季のこういう意地の悪い言い方しか出来ないところが大嫌いな舞は、露骨にムッとしてみせた。



本当は、舞に“美味しそう!”と言ってもらえたことが嬉しかっただけの友季は、



「……」



自分の発言に対し、自己嫌悪をしていた。



その様子を、



「……」



「……」



近くで見ていた上田と木村が、“あーあ……”とでも言いたげな目でアイコンタクトを取っていた。

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