第4話 ー 4

「………」

「………んだよ」



 淡い黄色の制服。モチーフは学ランだろうか。

 そんな制服を着た瞬間、急に頭痛がし始めて一瞬だけ意識が揺らいだ。



 だけど、それだけだった。



 少し椅子に座っていると、自然と意識が鮮明になり……“元通り”になったのだ。



 黙り込んでいると扉と鍵が開いて、あの男が姿を現す。



「調子はどう? レントくん」



 そう言った男に、俺は鋭く睨みつけた。

 すると、一気に顔が曇った男。


 まぁ、良く分からないけれど。

 “この男の思った通り”にならなかったんだろうな。



「……何、記憶あるの?」

「意味分かんねぇ。何、さっき頭痛がしたけど……本当はあれで記憶が消えるとかそんな感じ?」

「……学校名と、名前を言って」

「……東三隈ひがしみすみ高校。白崎蓮斗」

「……」



 頭を抱えて大きく溜息をついた男。


 分かりやすいその様子に、俺は“ここ”に来て初めて笑いが零れた。



「人生、何があるか分からない。それがまた面白いだろ。俺だってまさか、あの時事故に遭って死ぬとは思わなかったけれど」

「……君は曲者くせものだね。白崎くん」

「褒め言葉として受け取っておくよ」



 真顔の男は俺のことをキリッと睨みつけ、どこかに向かって歩き出す。


 外は色合いがおかしくて頭悪そうな世界観だったけれど、校舎内は俺も良く知っている色だった。知らない場所なのに、妙に安心感を覚える。



「そういえば、聞くんだけど。ひよちゃん来てる? 咲良ひより」

「……」



 また振り向いて睨まれた。

 そして顔を戻した男は、呟くように言葉を発する。



「居るよ。居るけど“君のことは覚えていない”から。話しかけても無駄だよ」

「は?」

「厳密に言えば、“君にまつわる元々の記憶は全て取り除いて、再構築した記憶には一切含めていない”」

「……」


 この男が何を言っているのか、意味が全く分からなかった。


 取り除く、再構築。

 何でも有りの漫画の世界かのような男の言葉に、思考が追いつかない。



 呆然と立ち尽くして頭を抱えていると、男が声を上げた。



「ほら、白崎くん。ちょうど良い。ここでの“現実”、身をもって体験しなよ」



 その言葉にスッと顔を正面に向けると、遠くから男に向かって走ってくる女子生徒3人の姿が見えた。淡い黄色の制服を着ている3人。そのうち1人は、俺の良く知っている外見をしている人……間違いなく、ひよちゃんだ。



「ワタル先生~!」

「こんにちは。ヒヨリさん、リコさん、レイカさん」



 3人は男を取り囲んで、キャッキャッと騒いでいる。


 久しぶりに見たひよちゃんの姿。


 話したいことが山ほどあるのに、涙が込み上げて来て声が出ない。


 ポロッと零れる涙を止められない俺は、立ち尽くして呆然とひよちゃんの姿を眺める。するとそのうち1人がこちらを向き、俺を見て首を傾げた。



「ん、この人は?」

「あぁ。この人は新入生だよ。レントくん」

「何で泣いているの?」

「リコちゃんが可愛いからだよ」

「え、やだぁワタル先生気持ち悪い!!!」



 凄い勢いで男の体を叩く、『リコちゃん』と呼ばれた人。


 その後ろでひよちゃんは不思議そうに首を傾げており、俺と目が合うとペコっと小さく頭を下げた。



 “君のことは覚えていないから。話しかけても無駄だよ”



 さっきこの男が言っていた言葉が、嫌なほど脳内で再生される。


 多分、その通りだ。

 向こうは俺のことを知らない。


 楽しそうに男と話すひよちゃん。

 てか、2人の距離が近すぎるんですけど。



 大好きなひよちゃんは、俺のことを何一つ覚えていない。

 そんな現実に……眩暈がする。



「……大丈夫?」

「……うっせぇ」



 ゆっくりと歩き始め、男と仲良く話しているひよちゃんたちから離れることにした。


 しかし、ここは初めての場所。

 どこに行けば良いか分からない俺は……少し離れた場所に立つしかない。


 悔しいけれど、あの男が居なければ、どうすれば良いのか全く分からないんだ。



「じゃあ、3人とも。今は学校の紹介中だから。また後でね」



 そう言って俺の元に駆け寄ってくる男。

 ひよちゃんたち3人は男にペコッと頭を下げて、体を寄せ合いながらどこかへ行ってしまった。

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