第2話 ー 2

 広い食堂には数人の生徒がいた。

 テーブルクロスが引かれた長机の上には、美味しそうな料理が沢山並んでいる。


「ほら、突っ立ってないで。おぼんを持って、好きな物を取って! ……あっ、僕の好きな【チキン南蛮】が置いてある~♪」


 ワタル先生は次々と料理をおぼんに載せていき、あっという間に隙間が埋まっていく。

 そして最後に山盛りご飯と熱々の味噌汁を食堂のおばあちゃんから受け取って…完成。


「ヒヨリさんも取ってよ!」

「はい」


 ワタル先生の言葉に頷いて私もおぼんを持つ。

 料理に目を向けると、美味しそうな匂いと見た目におなかの虫が騒ぎ出した。


 野菜からお肉、魚まで、何でも置いてあり、バリエーションが豊富。


 《実は私、“ここの【チーズハンバーグ】が大好きだ。だけど今日のラインナップには無いらしい》



「ヒヨリさん、先に座っているからね」

「はい」


 ワタル先生が適当な席に向かって座ると、近くに居た2人の生徒が先生に笑顔で手を振る。

 そんな様子が微笑ましくて、思わず笑みが零れた。


 私は再び料理に目を向け、【ほうれん草のお浸し】と【サバの味噌煮】と【照り焼きチキン】を選んでおぼんに載せる。美味しそうな匂いに、よだれが垂れてきそうだ。



「ヒヨリちゃん、お疲れ~!」

「今日は照り焼きチキン? 良いね!!」


 私の方を向いて笑顔で手を振ってくれる、同じ制服を着た2人に微笑み返す。そして小走りでワタル先生の元に駆け寄り、私も席についた。


「ヒヨリさん。このお2人はヒヨリさんと同じ1年生、リコさんとレイカさんだよ」

「えー、ワタル先生ったら何でヒヨリちゃんに私たちの紹介をしているの!?」

「今更すぎて面白い!!  “もう何年の付き合い”だと思っているの!」


 バシンッとリコちゃんがワタル先生の腕を叩く。


 食堂の場所や、食事のシステムなどを何故か忘れていて、妙な感覚に襲われていた。けれど“同級生のことはしっかりと確実に覚えている”ようだ。


 その事実にまた不思議と安心感を覚える。



「ヒヨリさん、2人のこと分かる?」

「勿論。勉強が苦手なリコちゃんと、ホルンが上手なレイカちゃん」

「……なるほど。人間関係の構築は成功か」


 ワタル先生は頷きながら、意味が分からないことを真顔で呟いた。

 その言葉の意味を確認する為に言葉を吐き出そうとするも、その前に先生に先越される。


「まぁいいや。じゃあヒヨリさん。ご飯を食べようよ!! いただきます!!」

「い、いただきます」


 先生は真っ先に【チキン南蛮】に手を伸ばし、大きなお口で頬張る。

 目を細め、凄く幸せそうな表情にまた私は笑みが零れた。


 《先生は“いつも美味しそうにご飯を食べる”。そんな先生の表情が、私は“昔から大好き”だ》


「じゃあ私たちは“ホーム”に戻りますね! ワタル先生、ヒヨリちゃん。さようなら!」

「はい、さようなら~」

「またね」


 リコちゃんとレイカちゃんはニコニコしながら、2人手を繋いで食堂を後にした。


 気付けば誰も居なくなった食堂。

 先生と2人、色々な会話をしながら食事を楽しんだ。


「そういえば先生」

「なに?」

「結局のところ、私は何でワタル先生の膝の上で寝ていたのでしょうか? そもそも、今も先生と一緒にご飯を食べているという状況すら不思議なんですけど」

「……ふふ」


 意味深な笑いを浮かべるワタル先生。


 机に肘をついて、その手に頬を乗せる。

 優しい表情のワタル先生は微笑んだまま言葉を継いだ。


「僕達、付き合っているじゃん」

「………えっ!?」

「え……まさかヒヨリさん、それすら忘れたの?」

「そ、そんなバカな!! さすがにそれは嘘でしょ!!」

「………うん。嘘」

「なっ………!!」


 ベーっと舌を出し、今度は悪そうな笑顔を浮かべる先生。

 何だかバカにされたような気がして、物凄く悔しい!


 椅子から立ち上がり、ワタル先生の背後に回って肩をポカポカと叩いた。

 それにまた先生は吹き出すように笑って、私の方を向く。


「付き合っているっていうのは冗談。だけど、“急なことで、色々と戸惑うことも多い”と思う。だからさ、もし困った時は遠慮せずに僕を頼ってよ。僕は君の力になりたい」

「………」


 優しい表情で見つめられ、つい心臓が飛び跳ねる。

 だけど、“ワタル先生の言葉の意味は、全く理解ができなかった”。


「何を今更……。そして“急なこと”って何ですか。私が“何も覚えていない”ことですか?」

「……まぁ、そういうことにしておこうかな」

「………」


 何だか意味深なその一言。


 その意味を考えていると、ふと空っぽになったワタル先生のおぼんが目についた。それを見て私も急いで食べようとすると、「大丈夫。ゆっくり食べてて」と言って先生は席を立つ。


 おぼんを返却口に持って行って暫くすると、今度は別のおぼんを持って席に戻って来た。


 その上には、小さないちごのホールケーキが載っている。


「これ、ヒヨリさんに」

「え。美味しそうなケーキ……! 急にどうしたのですか?」


 私の目の前にホールケーキを置き、ワタル先生は微笑みながら席に着いた。


 ケーキの上にチョコレートプレートが載っている。

 そこには『天乃岬学園高校へようこそ!』と書かれていた。


「……ようこそって、何ですか」


 私、“ずっとこの学校の生徒”なのに。

 今更『ようこそ』って……何?


 やっぱり、“今日のワタル先生は、何だか様子がおかしい”。

 “色々と忘れている私もおかしい”けれど、ワタル先生も大概だ。


「深く気にしないで、美味しく食べて。学校が用意した、君だけのデザートだ」

「………?」


 何で急にこのような物が用意されたのか分からないけれど。美味しそうなケーキに、思わずヨダレが垂れそうになる。


 私は急いでご飯を食べて、ケーキに手を伸ばした。


 ホールのままのケーキを切らずに、そのままフォークですくい口へ運ぶ。甘さ控えめな“私好みのケーキ”に、思わず頬が緩んだ。


「美味しい!」

「でしょう。思う存分食べて」

「でも、これ1人で食べると太っちゃいます……。ワタル先生、一緒に食べましょう!」

「僕はいいよ。見ているだけで」

「……違う。私が一緒に食べたいんです」


 そう言ってもう1本のフォークでケーキをすくい、それを先生の方に差し出す。

 一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにニコっと微笑み……差し出していたフォークを口でくわえる。


 パクッとケーキだけを口に含むと、更に微笑んで「美味しいね」と優しく言った。

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